11月15日発行旬刊宮崎スポーツ

11月5日発行旬刊宮崎スポーツ

第一高サッカーが健闘 準々で日南学園破り初4強

 高校サッカーの前半戦の好カード、宮崎第一対都城高戦は二十三日行われ、宮崎第一が後半戦に逆転して辛勝。第三シードで初の四強シードに入った宮崎第一は二回戦を勝ってこの試合は全員固くなっていた。両校ともシュート機会がなく互角の攻防。

 

 しかし十五分経過後、第一高のコーナーキックを都城はうまく拾ってカウンターで先取点。意気上がる都城は、その後も第一高のエリアに何度も攻め続けたが一対〇。後半気を取り戻した第一高は果敢に大声で攻撃。CB玉利星流主将(セントラル)が軸になった守備はうまく機能し流れをつかむと二十分近くなって澤志瑠(同)が一八二㌢をヘッドで押し込んでピッチは盛り上がった。「少ない好機を生かせ」と都城の守備陣に苦しんだ第一高は残り八分位でPKをもらって長野斗威(フォルトナ延岡)が決定点の二点目。元気を取り戻した第一高は再三ゴール近くに攻め込みながら試合終了。二試合とも小柄な田代丈二(同)が良く継なぎ、長野はドリブルと突破力は一級品。ボランチで司令塔の迫間楓史(セレソン)は自信をもって大声で指示して上位進出に望みをつけた。

 

「日章・鵬翔に追いつけ」の目標で同校は県内から名選手を集め出して四年。県リーグ戦も三部から徐々に昇格して一部で活躍中。一年生大会では準Vと三位はあっても今年の総体で四強に進出した。三十日の準々決勝では、日南学園に一対〇で守り勝ち。初の四強に進出した。

スタミナと変化球が課題か 戸郷投手(巨人)

 プロ野球巨人軍は、去る二十四日の最終戦のヤクルトに四対六で敗れて今季六十一勝六十二敗二十の引き分けで勝率五割を切って三位に終わった。CSには進出するものの県内に多いG党はショックを受けている。そんな中で、「若きエース」として大きな期待を寄せられていた戸郷翔征投手(二十一)の不本意投球が尾を引いた。二桁勝利と勝率五割をかけた試合に原監督(六十三)は戸郷を先発でマウンドに送った。しかし立ち上がりからヤクルト打線は打ちまくり、四回六点を奪われ降板。打線も追いつけず四対六で公式戦終了した。

 

 同投手は都城の妻ヶ丘中から仲間二人で延岡の聖ウルスラに入学。わんぱく少年で校内のトラブルは必ず頂点になっていたが、野球に没頭した。同学園では一八六㌢、七三㌔の体格を生かし頭角を現し、二年夏に甲子園出場の原動力になった。右スリークォーターはボールの出所が見え辛く打ちにくく注目された。六位指名で巨人に同学園から二人目の入団となり。左右いっぱい使う一五〇㌔直球は一年目の終盤に初優勝、CSでも力投した。二年目の去年は五月から先発ローテに加わり九勝六敗。今年は開幕から二十六試合に先発して九勝八敗、四・二七の防御率。春先から勝ち星は上がってはいたが、二回り後の六、七回に打たれることが多く救援をもらっていた。九勝になって五、六試合KOを続けていた。

 

 課題はスタミナか。変化球のキレかファンにとってはいらだちばかり。郷土出身でもオリックス山本、中日柳投手はエースで活躍したが、戸郷投手はオフ一皮むけての練習で、来季こそ「巨人のエース」になってほしい。

10月25日発行旬刊宮崎スポーツ

 去る八日から三日間、県陸上競技場で開催されていた全九州高校新人陸上大会で、宮崎農の原口颯太選手が、走り高跳びで二〇五㌢を跳んで優勝した。県内千人以上の選手が出場した中で随一の優勝者とあって県内の関係者は、タメ息を出しながらも「良くやった」との声が相次いでいる。

 

 各県三位以内、計二十四選手が一八〇㌢から始まり大半が落選。原口選手は一発目でクリアが続き一九〇㌢で四人残り一発目で決めた。そして一九四㌢から一人で跳ぶ「独走」になった。新型コロナで観衆はなく一部の父兄と監督が見守る中で、視線は原口選手だけに集中。一九四㌢も一発で決めてニッコリして周囲を見渡した。十五分後に電光掲示板に二〇一が出ると場内はシーンとなり、また一発で決めると右手に拳を突き上げた。

 

 大台の二〇一㌢を越え今度は二〇五㌢に挑戦。唇をかんで跳ぶ背面跳びは腰が少し当たり失敗。次は少々余裕をもってクリアして笑顔を出した。周囲は審判員しかいなく孤独なシーンだったが、持ち前のガッツ精神で二一〇㌢に挑んだ。しかし三度ともミスで結局三十九年ぶりの二一〇㌢は成功しなかった。

 

 原口選手は木花中時代から高跳びに頭角を現し、三年のとき県一になった。全国中体連には一八五㌢の標準記録に及ばずコマを進めなかったが、Jオリンピックには出場できたが一八〇㌢跳んだものの予選落ち。高校では二〇〇㌢は目標だった。身体には筋肉もなく全く少年の体格。ダッシュや百㍍走、筋肉トレなどで瞬発力を養成したらまだ記録は伸びる。鍛え方次第では伸びしろはまだ十分残され、卒業まで一年以上あり、「後十㌢は跳びます」と、原口選手は校内生活では非常におとなしいが、グランドに出ると闘志が充満する。陸上王国宮崎にとって、急成長したジャンパーだ。兄海音選手も同校サッカーの中心選手で兄弟で運動能力は抜群。一八一㌢、五十三㌔。

 宮崎学園野球から初のプロ野球選手が誕生した。横山楓投手で、宮崎中央ボーイズ時代から体格が際立って、投げて良し打って良しの選手で、甲子園をめざし同学園に入学。二年夏には一四〇㌔超える直球でファンに知られるようになった。翌年甲子園が目前に見えた決勝戦で盲腸が痛みだし体調不良でマウンドに上がった。慢性病が最悪の時に出て宮崎日大に一対十四の記録的な大敗で大粒の涙を流した。

 

 「このままで終われない」の根性で﨑田忠寛監督(四〇)母校国学院へ。一、二年時は腰などの故障で次の二年間に東都リーグで六勝。プロ側は「もう一度上で」の要望もあり、社会人の常勝チームセガサミー(東京)で中心投手となり、六月の日本選手権での好投でオリックスが六位指名。オリックス編成部は県内出身の福良・西村の元監督経験者もいて話はトントン拍子に運んだ。

 

 一五三㌔の直球と四、五の変化球は即戦力と言われている。また、母子家庭で育ったことも手伝い、プロ入りは少年期から強い希望だった。社会人になり即結婚。妻と一男は大分の実家で応援しているが、二月のソッケン球場のキャンプでも郷土ファンの声援が響きそう。一八二㌢・八〇㌔。二十四歳。

 高校サッカー県予選は、九日の土・日から土・日の毎週県内各地で非公開無観客で行われた。中でも十八日の二回戦で日南振徳が〇対七で延岡工に苦敗。県南のファンや卒業生が「あまりの大敗」と気を落とした。

 

 相手校は古豪で前半から食い下がれば面白いと予想された。しかし前半に三度のシュートを蹴ったが不発で、逆に三点を奪われて失望。後半も二回しかシュート機会がなく堅い守りに完封負け。中心の久嶋主将の突破力、キープは目に光り相手をうならせたが水元・杉本らの吾田中出身が巧く機能しなかった。新チームは素人選手も多く望みはうすいが、一年牧田斗夢(吾田)らが雪辱目指して再出発となった。

10月15日発行旬刊宮崎スポーツ

3度目の頂点へ 都城聖ドミニコ女子サッカー

 高校女子サッカーの県予選は、去る二、三日に都農町で開催され六校中都城聖ドミニコが総体に続き二年連続三度目の頂点に立った。準決勝の宮崎日大と来月六日から大分で開かれる九州大会にコマを進め全国大会枠の四強入りを目指す。

 

 同校は平成に創部。選手は少なく経験者のいない選手だけで苦戦の歳月だった。地元の中学にサッカー部がないこともあり、選手獲得を鹿児島県に求め徐々に強化。そしてこの五、六年は宮崎日大と一騎打ちをするまでになり注目されるようになった。月推薦で九州新人に出場し四強に残り選手たちは自信をつけての今季だった。

 

 決勝の宮崎日大戦では雪辱を目指した相手校を試合開始から攻め続けた。しかしゴールエリアでは進んでも得点できず、攻守の要、河野朱莉(生目南)が果敢に大声。DFで守りならピカ一。〇対〇の前半は終了し、後半も攻防が続き二十九分経ってMF野元愛純が先制のミドルシュート。無観客で静かなピッチは一分後に池永遥が息をつかさずヘッドで押し込みドミニコの流れになった。また、終了近くになってダメ押しの三点目。得点した三人は鹿児島県出身で県中学大会にも出場していることもあり、期待通りのプレーを見せた。同チームは俊足選手もいて長年の目標だった攻撃型。練習は徹底した正確なパス練習。守った後の切り替えが速くなった。二十九人の選手が心一つになった結果といっても過言ではない。九州大会は二位校含んで五度出場しているが、全国へのカベは厚かった。今年は創部以来最強軍団。サッカーの熱い都城市民に「女王」の成績を送ることは必至。

投手陣の強化が課題 大宮校野球

 秋の高校野球で富島が十五対〇で大宮に五回コールド勝ちし、夏に続き初戦大敗の大宮ナインは、ひむか球場を重苦しい雰囲気で去った。どこまで食い下がれるか、大宮は立ち上がりから優勝候補に向かった。夏も主戦だった左の技巧派、野辺大智(日大中)が持前の制球が定まらず、三回に先取点を許し、四回に完全に打ち込まれた。続く工藤優季(西中)、薗田大郎(宮大附)も長短打を痛打され二本塁打含む十七安打と十五点は記録的な試合だった。打線も富島の三人の控え投手から七安打したものの適時打が出ずベンチはタメ息ばかり。

 

 しかし両校とも失策〇で点差のわりにはひきしまった試合でもあったが、「投手陣の強化」を課題にした秋だった。打線も成尾航平三塁手(西中)、日高乃輝捕手(広瀬)の中軸は大型で長打もあるが、変化球の対応が今イチでオフは打ち込んでリーダーシップを取りたい。「せめて二、三点とってほしかった」と数少ない父兄が嘆いていたが投打とも貧弱な試合に肩を落とした。大宮の球史は輝かしい。本県に甲子園勝利を初めて届け、プロ選手二人を輩出。東京六大学で数人がプレーした先輩もいて、夏の甲子園は二度。古豪の名を取り戻したい。

10月5日発行旬刊宮崎スポーツ

3位の快挙! 都城女子バレー

 七月北陸で開催された北信越全国高校総体で、女子バレーの都城商が堂々の準決勝まで躍進し、高体連やファンから賞賛が消えない。六月の県総体で完封勝ちが続き期待されていた。三年生に五人の県中学選抜選手がいても高さでは延岡学園、宮崎日大よりは劣っていた。スタメン平均身長一六八・五㌢で、全国五十二校出場中三十八番目で現地はさほど注目されなかった。

 

 松元一太監督(日体大)の口癖で「一つひとつのプレーと一試合に集中しろ」だった。そして「攻撃の気力を表面に声を出す」だった。初戦山口代表を二対〇で勝つと難敵神奈川と大阪にも二対〇。勢いは止まらないコンビバレーは準々で愛知にも苦戦しながらも二対〇。

 

 夢のような上位進出で準決勝は名門東京の下北沢成徳戦。コロナ禍で数少ない会場で、関係者と報道陣は驚くようにして試合を見ていた。物おじしない都城商は一八〇㌢前後選手が三、四人いる相手に闘志をむき出して挑んだ。中盤は互角までいき息づまる熱戦を展開。二十三点を奪ったものの県大会から初めてセットを落とした。タメ息も出た都城商選手たちは二セット目に入ると、戦術も読まれたか立ち上がりから連取され十五点とって〇対二。下北沢成徳は決勝も勝って優勝し実力と伝統を証明し全国ファンを歓喜させた。

 

 これまでの本県勢は男子は何度も上位進出し女子は一、二勝で帰ることが続いていた。かつて延岡学園が春高で準々まで進出したのが最高で、一八〇㌢前後のアタッカーがいた頃も両校は勝てず涙をのんでいた。しかし今年の都城商は高さはなくても「やれる」と県内の選手に勇気を送った大会でもあった。

 

 柱はレフトの西氏小雪(細野)とライトのサウスポー甲斐理香菜(土々呂)。今年になって力強さのパワーがついて甲斐の決定率は県一。県一なら二年生セッター新名優花(上新田)。速いリズミカルなトスワークは司令塔としてピカ一。ピンチを救ったリベロ脇薗ひより(小松原)と二年長尾美咲(吾田)はボールに飛び込んで上げる。「バレーのまち都城」を熱い夏にした。優秀選手に山本有紗(土々呂)、西氏、甲斐が選ばれ、甲斐は「ベスト6」にもなりダブル受賞。

霧島山麓を騒がせた 坂元広光監督(元小林西)

 霧島山麓小林・西諸を大騒ぎさせ市民に感動を贈った指導者も少なくない。平成五年夏のことだった。高校野球の決勝戦は錦町の旧県営球場で県民が注目する熱戦で、小林西が七対五で都城高を破って優勝。夢の甲子園出場が実現し小林市内は大歓声で選手たちを迎えた。小林小学時代から名投手だった笹山洋一が投打の中心で、予選で四本塁打の坂下天章(三松)が捕手で五番。紙屋、細野の両中学出身など地元選手が半分余りいて人気は最高だった。「野球は不毛の地」といわれていたが、試合の日は町は歩く人もなくテレビに市民は釘づけになり、学法石川(福島)、長崎日大、高知商を撃破。準々で常総学院(茨城)に延長十回三対六で涙をのんだ。

 

 「小林の方々には大変お世話になりました」と二十八年前を振り返るのは坂元広光監督。三十歳になったばかりで選手と走って投げたりして特に打撃指導には定評があった。勝利インタビューで「選手たちに感動してます」とほめることが優先だった。同校が市長に夢と勇気を与えた栄光はいつまでも消えることはない。また市内のファンは「もう一度甲子園へ」と期待も多いがその道は約三十年止まっている。三年後に辞職した坂元監督は、山形県の高校監督を経て、母校日南高でも指導。今は宮崎福祉カレッジの監督。職場結婚だった真知子夫人の間に二男一女。日体大。五十九歳。

9月25日発行旬刊宮崎スポーツ

汗と涙の栄光 松崎氏(元鵬翔サッカー監督)

 県サッカー界にも優秀な指導者や指揮官は多い。サッカー熱を高め県民を歓喜させた監督で、鵬翔の松崎博美前監督(宮農OB)も強烈に印象に残っている。ピッチを離れて五年、約三十五年間高校サッカー界に貢献。就任時は今の産経大のグランドを野球と二つに分けて練習し石コロも多々あり部員も少なかった。

 

 しかし走って前へ出る攻撃型への指導は十年以上かかり宮崎工や都城工に肩を並べるようになった。指導や戦術は徐々に実り中央高を含めると九州新人、総体、プリンスリーグなど五十回以上コマを進め、「九州の鵬翔」と言われ、全国総体十一、選手権十三度出場。二〇〇六年は全日本高校選抜の監督として欧州遠征。同校のエース宮路、日本代表の乾選手がプレーした。また二〇一五年度は全国選手権で日本一の金字塔に輝いた。

 

 今は強敵手の日章学園が強化してきても、十年以上は寄せ付けず独走時代もあり、「鵬翔時代」を築き上げた。相手選手をよく研究し、負けてはいてもあせらず、後半戦に入って温存していた選手を三、四人抗体させ逆転する試合も多かった。相手の選手の足が鈍くなったのをよく知り残り十分程で勝負をかけた戦術は観衆をわかせた。Jリーガーで日の丸をつけた興梠、北野、河野は超高校級で県内の少年ファンをわかせた。

 

 県内は次々とサッカー選手が増え、中学選手から附属を養成してきた日章学園に追いつかれ宮崎日大も一貫教育で強豪になり厳しくなっているのは否めないが、県サッカー界を熱くしファンを拡大したのは鵬翔サッカー以外にない。松崎ファミリーは全国にいるが、ホンダロックの宮路、小林秀峰の大田、宮崎第一の川越、鵬翔の上永各監督は松崎魂を受け継いで活躍している。サッカーのことならどこのチームと言わず頭から離れない毎日だが、宮崎市赤江の自宅には、日本一になった写真が玄関に飾られている。七十一歳。

秋の高校野球10月1日開幕 富島の投手に注目

 秋の高校野球で富島の竹中大河(富島中)、日高暖己(同)の左右の投手が「台風の目」で話題となっている。竹中は右打者ヒザ元へのスライダーと外への緩いカーブの制球が良くなった。長打を打たれることがなく紅白戦でも巧投が続いている。日高は一八〇㌢の大型で直球が一四〇㌔近く投げられるようになり緩急つけた投球は連打が少ない。

 

 夏は鵬翔、宮崎第一戦に救援して勝ちにつなげた。三回戦の宮崎日大には先発して二対四で負けたものの自責点三の力投は自信にもなっている。秋は「投手力」とよくいわれているが、先発の柱で日高の右腕がうなるようだったら上位進出に希望が出てきそう。対外試合ができない現状で、富島の両投手は市内で注目されているが、夕方暗くなっても走り込みに熱は入ってきている。

宮崎日大女子駅伝、リベンジ目指す

 覇権奪回をめざす宮崎日大駅伝部で、川島みち選手(福岡)が足の故障が治り最近から練習参加でき笑顔を見せている。去年の県駅伝で一区を走り二位でタスキを渡した。チームの優勝に不安あっての通過で小林に優勝され、負けたことを悔やんだ。そのあと走り込んだものの、五月頃にヒザが痛みだし総体もリタイアしてしまった。

 

 治療に専念しての夏だったが、やっと笑顔で学校生活もできるまでになった。「都大路で走りたい」の夢は消えず、最後のシーズンになった。三千㍍九分三十九秒はチームでも四、五番手だが巻き返しをめざし県高校駅伝で「力走します」と、目標をきっぱり。大山真由美新監督(東京女子体大)が初めての指揮でチームも川島も「打倒小林」で朝夕の練習が厳しくなってきた。

9月5日発行旬刊宮崎スポーツ

名門サントリーでプレー キューバ出身アライン選手

 バレーの本場キューバから都城東高バレーに「留学」していたアライン選手は、昨年春卒業しVリーグのサントリーでプレーしている。一八八㌢と高いスパイカーではないが、下半身のバネは独自で、当時から最高到着点は三五五㌢で、地元全国高校総体にもコマを進めた。レシーブ良しアタックよし、サーブも強烈でサントリーは大喜びでの入団だった。本人は日本に帰化する予定で、昨年度は手続きの関係で十四人枠に登録されず、今年は十月からのプレミアリーグにはレフトで出場が有力視されている。チームの選手は約三十人で彼の場合は二年契約でバレーのみ生活。大半の選手は午前中勤務について午後から練習に入る。契約金や年俸はプロ野球のように公表されてはいないが、専門家によると「野球選手の一割くらいかな」と言われているが、アライン選手はニッポンになじみ将来帰国することなく日の丸を背負うことを目標にしている。

 

 同チームに本県出身選手は都城工から上村・津曲の二選手がプレーしたことがあり、今はロシア出身の二一八㌢の選手もいて昨季はプレミアで優勝している。五輪選手はいなかったが、津曲はリベロコーチで今月のアジア大会も指導する。「バレーの町宮崎」のため郷土ファンはいつも気になるアライン選手であるが、泉水智監督(五五)も「声援を送ってください」と力を込めた。

サッカー名将を振り返る 「走って繋ぐ」上原三朗氏

 高校サッカー界で一時代を築き、名将のひとり上原三朗氏(七三)が「元気に釣りにこっています」と浅黒く焼けた顔でニッコリ笑って話している。宮崎に構えた自宅から三時間ジープをとばして大分県の日豊海岸まで。二、三時間でなく十時間以上は磯で楽しんでいる。眠い時はジープの中で、毛布をかぶってひと眠り。そして波の音を耳にして起きて海辺に行く。大分県独自の魚もいれば色々な魚と出逢い帰ったら季節によって県南や桜島方面にもハンドルを向ける。周囲の話では「半端じゃないですよ」と驚くばかり。

 

 上原監督のサッカー人生は宮崎工のピッチに立ってから着々と結果を残した。走って繋ぐ攻めのサッカーは全国総体と選手権に十一度ずつ出場しベスト8が二度。年一度ある九州大会は約三十回出場しベスト四に一度、平成元年九州総体では優勝。レベルが低いと言われながらの栄冠は県内から賞賛された。サッカー界の貢献はファンなら知っている。延岡工の谷水監督と都城工の岩佐部長は教え子。三股町出身。宮崎大卒。

活躍不振「秋風」 郷土出身の投手情報

 プロ野球も終盤戦に入りペナントレースも熾烈になってきた。そんな中で郷土出身投手の不振に「秋風」が吹くようになり来季以降の現役生活が気になってきている。

 

 ▽森遼太朗(ロッテ)=都城商から育成二位で入団して四年目。一八〇㌢の右腕はフォームがきれいで将来を嘱望されていたが、二軍でプロの厳しさを食っている。未だ支配下登録がなく後輩や同期入団投手に越されている。都城五十市出身。二十二歳。

 ▽金田和之(オリックス)=都城商から大阪学院大を経て阪神に五位指名で入団。一八四㌢の右腕は関西六大学三、四年のとき突然頭角。二年目に中継ぎで登板し四年間で百試合十二勝した。移籍して五年目春頃、敗戦処理登板はあったが夏場は二軍暮らし。チームは若返り不安いっぱい。曽於市財部町出身。三十一歳。

 ▽加治屋蓮(阪神)=福島商からJR九州へ入って、ソフトバンクにはずれ一位。一八五㌢の右腕は腕も長く期待された。昨年までの七年間は先発や中継ぎで百十二試合で七勝。移籍して数試合に登板したが実績はなし。串間市西方出身。三十歳。

 ▽榎田大樹(西武)=小林西、福岡大、東京ガスから一位で阪神入り。一八〇㌢の左腕は社会人で若獅子賞を獲得し、プロ三年目から先発で活躍。最近キレがなく昨年は五試合で一勝。通算二十九勝で今季は不振。鹿児島県大崎町出身。三十五歳。

8月25日発行旬刊宮崎スポーツ

往年の名走者、大山氏 宮崎日大女子陸上部監督に就任

 宮崎日大女子陸上部は、黒木章監督(七五)が勇退し、新しく大山真由美監督(六〇)が指導することになった。

 「十五年間お世話になりました」と、黒木監督はほっかりした表情なら、中学教諭を一年早く辞めた大山監督は「王国めざしてがんばります」と目を輝かせている。新監督は都城西高で本格的に陸上を始め、中距離走で活躍。二年生のとき、四百と八百㍍で県下になり、記録も全国トップ級だった。タイで開かれたアジア大会に四百と千六百リレーに選抜され、四百は四位、千六百リレーは三人の社会人選手の好走もあり堂々と優勝した。

 

 翌年の宮崎国体でも県民からスポットライトを浴び活躍。東京女子体育大へ進学し、「日の丸選手」を目指した。中盤からゴールまでの粘り強い走りはぐんぐん伸び、環太平洋五カ国対抗戦でニュージーランドに渡った。四百と八百㍍で日本代表で出場。一五〇㌢もない「小さな巨人」は、健闘したものの体格の大きい外国人選手に及ばなかったが、県出身選手として関係者から異常なほど拍手をもらった。

 

 往年の名走者は教育の道へ進み卒業後は吾田中をふり出しに体育と陸上の教諭として「里帰り」して多くのアスリートを育てた。特に大淀・妻の両校では男女共指導し県中体連の中心として注目を集め、宮崎銀行の金丸選手は大淀時代の教え子。今でも宮崎中時代鍛えた選手たちが宮崎商で活躍している。彼女に対する期待は大きい。「全国駅伝など勝てるチームを。二度目の宮崎国体へ向かって名選手の養成」など課題は山積みしている。吾田中で職場結婚だった博志氏(六一)の間に二男一女。高鍋町内。旧姓久保田。

全国大会逸す 夏の中学野球大会(軟式)

 夏の全国中学野球大会(軟式)の予選は六月から県内各地で行われ、県を制したのは都城地区代表の五十市で中郷が準優勝だった。この県大会は七月十七日から清武公園など三球場に十八校が熱戦を展開。V候補日南吾田や宮崎大塚などは二枠の九州大会出場は実現せず涙をのんだ。

 

 九州大会は去る六日から沖縄県で八県十六校が出場し全国大会出場の三枠を目指した本県代表は一勝ずつしたものの八強止まりで夏は終了。大舞台へは、大分、佐賀、沖縄の代表に決まった。第一代表で四十八大会ぶりに県大会優勝の五十市は初戦福岡に三対一で勝利。準々で地元沖縄に一対五と涙のんだ。中郷は長崎に六対三で勝ったものの次の佐賀に一対七で敗れた。両校とも打線が爆発せず中郷は守りのミスが命とりになった。

 

 市民から注目されていた五十市はエース木佐貫晃生投手の制球力ある投球に期待された。沖縄の暑い中で力投したものの、深川周紀、大窪陽希、鬼塚仁、藤岡佑成、黒木陽向の上位打線が沈黙。チャンスに適時打が出なくホームベースが遠かった。また、県内大会から大窪遊撃手、黒木中堅手は俊足で攻守に美技も見せて、藤岡捕手は強肩で主軸らしい打撃もして、深川一一塁手は大型選手の左打ちで活躍した。他に二年生選手も出場しベンチにも好選手が多く来年はさらなる成績が期待された。

 

木島投手 梅田学園入団

 社会人野球の南九州地区予選は、十四日日南市天福球場で行われ、本県の灼熱クラブ(新名監督)は、薩摩ライジングに〇対七で敗れ、地元の宮崎福祉医療カレッジも一対三で鹿児島ドリームに涙をのみ、都市対抗への夢は今年も消えた。

 

 注目されていた宮崎福祉の木島泉月投手(二〇)は、三点取られた三回に救援で登板したが一死とった後イニングを終えて降板した。同投手は一九六㌢の本格派右腕で、高城高でもさほど野球に浸透はしなかった。卒業時に急遽宮崎福祉にいくことになり、ぼちぼちと専念。二年過程で出来上がるのは不安はあったものの、今は一四〇㌔の直球も投じている。変化球が全く制球がなく今大会まで一本立ちするまではのびなかった。

 

 しかし県内の指導者から「まだのびしろは充分ある」と強く言われ、梅田学園で来春から都市対抗とプロ入りを目指すことになった。必死で頑張ったのはまだ半年そこらで、坂元広光監督(五九)は「心身もあまい。命がけで努力を」と厳しい注文。木島投手の期待は目を離せない。

8月5日発行旬刊宮崎スポーツ

頑張れ「全宮崎」! 九州国体バレー(少年)開幕

 九州国体バレー少年(高校)の部は、二十一日から福岡市で開かれる。男女とも八県から上位三県が十月の三重国体に出場する。今年は九州総体もなく各県とも調整に不安を残し、また昨年は国体中止で関係者は久々のビッグ大会で意気込んでいる。

 

 少年男子は、一昨年は本国体で四強に進出し本県に大量得点を献上。今年はさらに上位を目指している。十二人の選手は県総体で初Vの日南振徳から九人、都城工から三人で鍋倉雄次郎監督が指揮をとる。特徴は一九八㌢の甲斐、県一のアタッカー堀内が躍動すれば九州突破は必至。守りも堅く強烈サーブレシーブも着々と進化しセッター高橋に巧く廻す。それぞれ最高到着点も高く近年にない顔ぶれで都城工の畑中・後久も力は同じ。

 

 「全宮崎」で三年ぶりに同じコートに入るのは堀内と畑中。三股中時代レフトとライトで打ちまくり全国大会三位になり注目されていた。同町はバレーが盛んで強い町で、二人の将来は町民が期待していた。順調に成長し県総体決勝戦で死闘を演じた。「春高も俺たちが勝つ」と堀内。「リベンジは果たす」と畑中。今回は同じユニフォームで「全宮崎」の代表として僚友のアタックは郷土ファンの注目を集めそう。

7月25日発行旬刊宮崎スポーツ

五輪での活躍に期待 本県出身の代表監督・コーチ

 東京五輪の監督・コーチで日の丸を背負う指導者も多い。選手時代の実績・指導者になっての実力、また人気と人間性などが買われての抜擢。詳細は次の通り(敬称略)。

 ▽井上康生=男子柔道監督。日本選手権三度制し、シドニー五輪無差別級の金メダル、東海大相模高、東海大で山下・佐藤の師範を受けた。日本代表の監督に就任して九年半。今回は全階級とも銅メダル以上を目指す。日南市吾田出身。

 ▽大迫明伸=国際審判員・宮崎商・天理大・旭化成で活躍。ソウル五輪八六㌔級で銅メダル。日本武道館の畳の上で情熱いっぱいで旗を上げる。小林市野尻町紙屋出身。

 ▽北林憲治=男子ハンドボールGKコーチ。延岡東と福岡大でプレー。小林工(現秀峰)時代全国二度、九州大会六度制した。堅い守りは特徴がありスタッフに入り十年。国際大会で海外へ二十ヵ国以上行っている。都城工勤務。延岡市北川町。

 ▽津曲勝利=男子バレーリベロコーチ。サントリーが五連覇した守護神で、北京五輪へ引導。超美技は国民を感動させた。都城工・鹿屋体大卒。串間市西方。

夏の高校野球 波乱の幕開け

 夏の高校野球で宮崎市内の二校の古豪が初戦でコールド負けしてオールドファンをガッカリさせた。「負けても九回まではいってほしい」と、その大敗にあきれている。二日目のサンマリン球場二試合目に宮崎工は聖ウルスラに二対十二の六回コールド。エース椎葉瑞月投手(椎葉)の右腕は一回裏に三長短打で三点奪われ、四回は打者十一人で七点の計十一点。その直前に椎葉は降板。石川寛太(宮田)、長谷川遼平(本郷)の両投手が救援が遅かった。打線も三番黒田俊輔(西中)が二塁打を放ったものの散発五安打と沈んだ。失策二と盗塁四も奪われワンサイドゲームだった。同校は大淀高時に二度、現校名になって春と夏の甲子園に出場している。

 

 次の試合は三対十で大宮が宮崎南に七回コールド負け。宮崎南打線は二回り目からじわじわと打ち出して、大宮の野嵜大河(宮大附)、工藤優季(西中)、野辺大智(日大中)の三投手は長打二本と計十一安打と打ち込まれた。宮崎南の上位打線は良く振れて盗塁も六個で失策なしの進学対決を制した。大宮の工藤と野辺は二年生で今後の精進が期待される。同校は旧宮崎中時代、県下で最初の硬式野球を創部。

 

 戦前に宮崎師範(現宮大)との定期戦は県史に刻まれている。昭和三十二年夏の甲子園で本県に初勝利を、十年後にも甲子園へ出場している。

 

 序盤戦で上位候補の都城商が一対二で日南振徳に敗れる波乱。宮崎第一の竹田飛鳥投手(木花)が宮崎海洋を十対〇の六回コールド勝ちで完全試合を演じ高野連史に残ることになった。

7月15日発行旬刊宮崎スポーツ

李博選手(男子バレー)に注目 東京五輪、郷土出身10人

 二十三日開幕する東京五輪で日本選手は五百八十二人。かつて最多だった同五輪を約二百三十人上回った。郷土出身選手は十人で柔道やバレーでメダルの夢も多い。中でも男子バレー(十二人)にセンバツされた李博選手(三〇)。日向学院でレフトエースで総体と春高に二度ずつ出場。筑波大二年からセンターに回って、そのブロックは関東大学一部リーグVに貢献。Vリーグの東レに入団しミドルブロッカーとしてさらに磨かれ、二年目から全日本代表に加わり日の丸を背負った。

 

 予選リーグは二十四日からで十二ヵ国が二班に分かれて行われ、決勝トーナメントは八ヵ国で争われる。日本は四強入りの銅メダルには届く勢い。李選手は一九三㌢で強烈なブロックは速さもあり鋭い。A・Bのクイックアタックも圧力十分でサーブもすごく外国人パワーに負けない。今回の選出は年齢的な心配もあったが、この一、二年の国際大会でベテランらしいプレーを発揮してチームを引っ張った。郷土からは平成十九年北京五輪の津曲勝利選手(四五)以来の快挙で、その津曲はリベロのコーチで中垣内裕一監督(五五)を助けている。

往年の名選手にも拍手を 「バレーのまち宮崎」立役者紹介

 「バレーのまち宮崎」で県民をわかせた選手は少なくない。昭和三十五年福岡大濠高から旭化成に入社した南将之選手(故人)は一九六㌢の大型スパイカーで県民に感動を与えた。三年目に全日本に入り、世界から恐れられていた松平康隆監督(故人)の期待に応えた。不滅の名セッター猫田選手(故人)が見事なボールを上げ、東京、メキシコ、ミュンヘンの五輪で銅、銀、金と続き男子バレーは一世を風靡した。

 

 その金メダルを獲得したのは南氏といっても過言ではない。今の李選手と同じ立場でミドルブロッカーに転身していた三十一歳は、ベンチを温めることもあった。劣戦だったオランダ戦でコートに入り、突然流れを引き寄せるプレーが続いた。Aクイックでの素早い攻めは連続得点を重ねて勝利。その後も勝ち上がり栄冠を得たニッポンは、日本国内に朗報を送った。春高バレーのテレビ解説でおなじみの藤本範行氏(七五)とは大の仲良しだった。都城工監督時代によく同校を訪れ選手たちを指導した。夜は十日が十日とも二人で居酒屋。酒豪なら高体連の中でも横綱級だった。藤本氏は体格は負けても深夜まで飲みふかし、居酒屋とタクシー会社では「語り草」になっている。

 

 先日、日向学院の校舎の壁に「五輪で頑張れ李博選手」の横断幕が張られた。近くを通る市民は感動しているが、往年の名選手もあの世から拍手を送っているにちがいない。

出場者決まる 全国総体トラック競技

 六月十七日から熊本市で開催された南九州高校総体のトラック競技は、男子三人が六位以内、女子は五人が六位以内に入り八月の北陸の全国総体に出場する。十月末の高校駅伝で優勝を目指す小林と宮崎日大選手が全員で男子五千㍍で上位選手が出なかったのが気がかりだが、今後夏の走り込みで取り返したいところ。三千㍍障害で祝吉中出身の飯干選手と南郷中出身の上村選手が県予選から健闘した。また、一年で沖縄出身の池間選手がよく走った。

7月5日発行旬刊宮崎スポーツ

甲子園目指して熱戦! 夏の高校野球宮崎大会開幕

 夏の高校野球宮崎大会は、十日から二十五日までサンマリンとアイビーの両球場で四十七校が熱戦を展開する。第一シードは二度目の「春夏甲子園」を目指す宮崎商。センバツ大会後、「甲子園で勝てる」を目標にした練習は個々の精度は高くなった。二投手は好調で入学して三十本塁打の中村碧人(東大宮)が打線を引っ張る。準々で都城東プロ注目の長尾一輝(熊本)を打ち崩せるか。

 

 第三シード延岡学園は一八六㌢左腕の須藤綺梨(南中)が一四〇㌔半ばの快速球が注目。打線も井上健人(宮崎北)たちの長距離砲が火を噴く。小林西、日章学園戦も心配ない。

 

 第二の日南学園は組み合わせに恵まれ、四強まで勝ち上がりそう。有村衛人(沖水)、大野結平(恒富)の投手陣は継投がカギ。門川拡意(加納)が主将として打線も活発。

 

 第四の宮崎日大はもう一歩の詰めがほしい。中盤以降に逆転されるが投手陣が粘りを出せば強打者も多いため前は見える。川越宏二郎(檍)は秋本塁打を打って自信をつけて磨かれた。準々で都城商か妻との対戦は中盤戦の見どころ。

 

 四強シードに負けない実力校なら富島。二季連続不本意な成績は春から猛練習で取り返した。武智巧樹(大王谷)・桑畑歩武(岡富)の投捕は磨かれ連打が少ない。打っても四番桑畑は打球が速く主将の木村莉基(大王谷)と競争で打ちあう。初戦の鵬翔も巧打者が多い。主将の二方琢真(綾)はオフからパワーがついてきた。左打ちでも左中間にも運び打点も多い。俊足選手も多いので初戦ではピカ一のカード。宮崎南対大宮の初戦も宮崎市民は注目か。勉強もライバルで甲子園出場校同士の熱戦か。

 

 進学校から強烈に印象つけているのは妻。西都商が合併して生徒や部員も多くなり、野球部も強烈。左の技巧派投手川崎康生(都於郡)は勉強も上位で人気者。低めを丁寧に集める一三五㌔は長打を食わない。主砲藤田空(妻)は扇の要で打撃にパワーをつけてきた。公立の進学校が撹乱すると、大会は非常に盛り上がる。

名門復活へリベンジ 都城工男子バレー

 先月行われた県総体男子バレー決勝戦で、都城工は日南振徳に敗れて、四月の九州総合大会の雪辱ならず、四連覇を逸した。都城文化体育館は新型コロナのため無観客で動画を見て応援する市民は一喜一憂だった。一セットから両校取って取られての熱戦で延長戦二十五対二十七で都城工は負けた。次は戦法をやや変えて伝統のコンビバレーが先行し取り返して一対一。高さに劣る都城工は速攻で、三股中時代からのコンビ桒畑栄伸がライトの畑中咲哉に盛んにボールを上げた。平均身長四㌢以上上回る日南振徳は余裕でブロック。左右のネット前は大型ブロッカーで封じた。

 

 都城工の諦めないプレーは見えず息切れしたのか九点止まりで試合終了。コートから出てきた選手たちは沈黙。涙をこらえて足早に会場を後にした。個々の能力は日南振徳以上でミドルブロッカー後久莉輝(姫城)、二年結城蓮乃介(串間)はチーム一のジャンプ力。攻守にまとまった選手ばかり。春高予選に向かって名門はリベンジできるか、「バレーの町」都城市民の期待は大きい。

6月25日発行旬刊宮崎スポーツ

男子は日南振徳、女子は都城商がV 高校総体バレー

 高校総体のバレーボールは十日から五日間、都城文化センターを中心に開催され、男子は日南振徳が二季連続で優勝。女子は都城商が九度目の優勝に輝いた。両校は、九州大会は中止で八月の北陸全国総体に出場する。人気をよんだのは男子の決勝戦。日南振徳は去年の春高決勝で都城工に苦敗。そのときのメンバーが六人残り、都城工は二人。新チームになって自信を持っていた日南振徳は、一九八㌢の甲斐優斗(延岡南)がセンターで仁王立ち。県一のスパイカー堀内大志(三股)が一八八㌢から容赦なく打ちまくれば、甲斐は打ってもブロックも超高校級の三三〇㌢以上の最高到着点。また攻守にまとまった町浦陽介(三松)、高橋優斗(吾田)、松浦瑛(北郷)と名門にぶつかった。

 

 都城工の主将畑中咲哉(三股)、後久莉輝(姫城)らは高い攻撃に苦しんだ。名門のコンビバレーを阻止して高い攻撃で日南振徳は一、二セットとも延長ながら一対一。最終セットは堀内が試合をつくり序盤からリード。四対二から四連続ブロックでリードを広げて名門を九点に抑えた。チャンスボールを必ず得点にした日南振徳は平均身長も四㌢上回っていたことも自信にしていた。全国大会でも上位進出は必至の状況で、また県南から初の大舞台出場とあって市民は歓声をあげ勇気をもらい同校は話題の頂点になっている。鍋倉雄次郎監督(熊工大)は、都城工の選手時代、昭和五十年度春高で準優勝時のレシーバー。六十一年に機械科教師とバレーの監督で延岡工、宮崎工、都城工を指導。宮崎工で全国三位。十年度の春高で都城工を全国制覇に導いた「闘将」。

 

 

 五年前の覇者、日向学院も二季連続準決勝で日南振徳に負けた。二十一点と十五点で粘り強さが見えず最後はあっさりした敗戦。正選手の平均身長一八〇㌢でさほど低くはないがスピード、バックアタック、それにテクニック不足は否めない。県中学選抜だった久保達也(姫城)が一八四㌢のレフトエース。同じく釘元拓貴(木花)は一八〇㌢のライトエース。レフト林義之(附属中)は主将として大声もあるファイトマン。ここで落ち込んでは名門の恥で大会後は短時間ながら最大の練習を続けているが、打点は普通の高さでも、左右に目まぐるしくトス廻ししてアタック。また強いサーブも正確にセッターに上げる。セッターが相手の動きを見て上げる。この三動作をいかに速くできるかがカギ。覇権奪還に日向学院の試練は続きそうだ。

台風の目となるか 都城商野球が健闘

 夏の高校野球の組み合わせが決まり、ノーシードの都城商の動きが注目されている。県南では日南学園・小林西と肩を並べる実力校で、春までなかなか投打がかみ合わず上位進出はならなかった。しかし六月に入っての練習試合では、都城工・高鍋に勝ち、宮崎日大にも四対三、五対四と接った試合を勝ち実力を証明した。三人の投手陣が好調でブルペンは明るい。完投できて、それぞれ緩急つけ変化球も今年になって豊富になったのが功を奏している。そこで打線も下位までムラなく打つが、主砲の藤田龍信(祝吉)が遠くへ飛ばす。腰廻りも太くなり、頼れる存在。その前を打つ河野幸平(五十市)は思い切りが良く打率も三割五分。谷ヶ久保裕太(志和池)は下位ながら役目はきちっとし捕手としてチーム一のファイター。それ以外の選手もそれぞれバント、エンドラン、走塁などチームは完成度を高めていよいよの勢い。八強シード、四強シードを食って夏をかく乱するのは甲子園二度の都城商かもしれない。予選は二週間後になった。

6月15日発行旬刊宮崎スポーツ

総合は宮崎商業が優勝 県高校総体陸上競技

 県高校総体陸上競技は、木花の県陸上競技場で四日まで熱戦を展開した。総合で宮崎商が大差で優勝。宮崎南・宮崎工と県立校が続いた。私立では宮崎日大が四位で、都城西・小林が五・六位。駅伝ファンが今から楽しみにしていたトラックで小林と宮崎日大の女子選手が気になった。初日の一五〇〇㍍で小林の藤田あい(紙屋)が初めから飛び出し、四分二十五秒三五でテープを切り、宮崎日大の黒田愛梨(北郷)が一秒弱遅れたものの大会新。三位にややおくれたが宮崎日大の石松美咲(福岡)が入った。両校は去年駅伝の県予選でし烈な争いで小林に軍配。全国大会で藤田も活躍し十三位。「来年は絶対都大路へ」と宮崎日大の選手たちは、冬は例年以上に走り込んだ。そして最終日の三〇〇〇㍍で主将の黒田は「必ず勝つ」と、スタートに立っていた。藤田と黒田に視線は集まり熱気が漂うほどの争いは、残り三〇〇㍍で黒田が死力でスパートし九分三十三秒六七で両手でガッツポーズでゴール。藤田に約四秒差をつけリベンジを果たした。石松も五位に入り六位以内は両校三人ずつが入賞し南九州総体(沖・鹿・熊・宮)で戦い、八月の北陸総体出場(六位まで)を目指す。県内に多い駅伝ファンに今後が楽しみな選手たちである。

 

 宮崎商の総合優勝に貢献した関谷史桜(東中)。初日の四〇〇㍍で五十七秒六五のタイムで優勝。三日目の八〇〇㍍で五位。最終日に二〇〇㍍五位。一六〇〇リレーで二走を走って優勝。同僚の高見冬羽も四種目のVで二人はスポットライトを浴びた。関谷は一年前まで一〇〇、二〇〇㍍を主に走っていたが後半に強いことで四〇〇㍍に転向して開花。経験不足で去年九月の九州新人大会(長崎)は不本意。冬の練習は一日四〇〇㍍を十本以上走り、食生活も変えるなど努力を重ねた。普通の体格でどこでも目立たない生徒だが、トラックに入ると表情もこわばり気力を全面に出すファイター。「次も頑張ります」と、その笑顔はレースとは全く違っている。

 

 泉ヶ丘の長峯彩華(妻ヶ丘)も五〇〇〇㍍競歩で健闘した。去年の九州新人で二位に入り自信もってのレースは、序盤からやや低調で三、四位につけていた。中盤から盛り返し首位から一分十四秒遅れて二位。二十八分三一〇一秒はやや厳しいタイムで、南九州では不安が残る。競歩は選手が少なく、またさほど人気のある種目ではないが、長峯も中学では長距離選手だった。入学して書道部と掛け持ちで競歩を志した。まずスタミナをつけることで六十分の持久走を主に訓練。書道を終えて短時間の訓練で一年後は競歩選手らしくなったが、南九州では今一つ奮起が望まれる。泉ヶ丘は計十八選手が南九州大会へ挑む。

福岡大学へ進学 兒玉太成外野手(宮崎北)

 高野連の兒玉正剛理事長(五六)の次男で宮崎北の太成外野手が、文武両道の福岡大に進学し、父の体育教師と野球の監督を目指すことになった。生目中から当時宮崎北にいた父を慕って「父子」で甲子園を目指した。しかし勝ち運には恵まれず、上位進出はなかった。一七六㌢、右投右打の巧打者で守っても中堅手で活躍。最後の一年は主将としてもチームをリードした。最後の夏の大会から「九州の体育系で」と考え、鹿屋体大なども検討したが結局強豪の福岡大へ落ちついた。今年プロ入りした先輩がいてレベルは高く、春の九州リーグでも優勝。名選手が多くあまくはないが期待は大きい。父正剛教諭は筑波大の三塁手でジャパンにも選ばれ、中学教諭から高校に移り宮崎西をセンバツに導き進学校の選手たちに勇気を与えた。

6月5日発行旬刊宮崎スポーツ

都城高ラグビー 部員増、練習本格化

 都城高ラグビーも賑やかになってきた。新人六人が入部して計二十二人。十年前は十五人集まらず十人制に出場していたが練習も十分できる体制になっている。その中心は九十五㌔の海田陽音(三股)と滝川剣進(住吉)。海田はサッカー出身だが名門のラグビーで体当たり。突破力とかなり成長をとげPRらしい選手になっている。

 

 滝川は俊足で判断力も巧くステップワークも申し分ない。攻撃の機点で大声で指示する。中学時代の経験が今に生きている。新人三選手が、中学時代活躍した選手も含めチームはかなり層が厚くなった。練習は周囲が見てのとおりで基本的なことを繰り返し繰り返しやる。パスの練習でボールを巧くさばく、キック力をつけるための足を鍛えて走り込む。さほど長時間の練習ではないが戦術も加えて内容は充実している。

 

 同校は花園から遠ざかって二十年。九度のうち四強に進出したこともあり、「九州の都城高」として旋風を巻き起こしたこともある。中でも永友祥司先輩(都農)は高校選抜でSHでプレー。欧州遠征にも選ばれた。明大でも三年から攻撃の起点で活躍。サントリーでも頑張り今はキャノンの監督を引退してマネージャーでラグビーから離れられない存在。選手たちはあこがれの先輩を夢みながら練習に取り組んでいる。去年の花園予選の一勝から二勝して四強入りが目標。

52年ぶり春夏甲子園目指す 宮崎商野球

 宮崎商が五十二年ぶりの「春夏連続甲子園」を目標に仕切り直し。センバツ大会で初戦天理(奈良)に敗れて即目標を目指している。小さいミスも一個のエラーもなくさなければ甲子園では勝てない。選手たちは痛感して全員は悲壮感さえ漂っている毎日で試合はセンバツ後から続いている。

 

 一球の失投も許されない投手陣は雨天の日も走り込んでいる。三十度以上の球場で耐えられるのは、走って下半身を強化してスタミナをつけるしかない。野手陣から離れて七、八十㍍のインタバル走は五十本以上。汗びっしょりで柔軟体操、投げ込みはそこそこで肩や肘に無理がないくらいで練習は終わる。

 

 日高大空(本庄)はいよいよ集大成。球威がついて一四〇㌔近い直球は切れ味も鋭い。二年長友稜太(住吉)は高さも手伝い低めの一四〇㌔は連打がない。技巧派の下浦虎太郎(宮崎)も最後の夏の登板に意欲的。

 

 打線は相変わらず打球音が外野の堤防まで響く。主将の中村碧人(東大宮)に西原太一(久峰)、渡邊龍樹(綾)が連続出場のカギを握っている。

目指せ3度目の甲子園 富島高校野球

 富島野球が不振から脱却し、甲子園がかすかに見えてきた。昨年夏と秋は初戦敗退し、春は都城工と小林西に勝ち、宮崎日大に敗れた。上位進出はならなかったものの。春から課題を上げて各自が猛練習を重ねた。投高打低の傾向にはあるが、守備も打線も日々完成してきた。

 

 エースは武智巧樹(大王谷)で速くはないが制球力と変化球で打たせてとる。今年ツーシームなども身につけて頼もしくなった。そして一皮むけたのは大型右腕日高暖己(富島)の成長。一四〇㌔が低めにいくと内野ゴロが続く。

 

 打っては木村莉基(大王谷)が長打を飛ばして足も速い。宮崎日大戦でアイビーのスタンドに放り込んだ。唯一の硬式出身の桑畑歩武(岡富)は低い弾道で左中間を抜けば村上大地(美々津)も変化球への対応も良く安打の半分が長打。

 

 全体的に中型の体格だが全員が腰回りが大きく鍛えられている。二〇一八年春と翌年の夏に甲子園出場し日向市民に勇気を送った富島は三度目の甲子園へ着々と進んでいる。着任九年目の濱田登監督(五三)は「甲子園で一勝を」と、夏に向かって唇をかんだ。

5月25日発行旬刊宮崎スポーツ

大福物流(熊本)で活躍中 二村・小斉平両選手

 宮崎福祉医療カレッジ(日南)から熊本の社会人野球大福物流に入団、即戦力でチームに貢献している。二村亮太捕手(ウルスラ)は強肩強打で盗塁阻止率も六割以上。高校時代から広角にそして長打も多かったが、木製バットになって三年目でフェンス越えも練習試合で放っている。

 

 小斉平拓也一塁手(鹿児島南)は右投左打ちで内野安打も右中間長打も多い。二選手は五番・七番と今は下位打線ながら、一、二年後はまだ力強い打撃で主力を任されるような素材。チームは創部三年目で若く九州を制するまでは厳しいが、希望をもてる選手も多々いて関係者は期待している。

 

 今月二十六日から日本選手権九州地区予選が開幕するが、一発目で地元ホンダと対戦する。開催地熊本藤崎球場には日南市民多く行く予定。宮崎福祉医療は創部して十三年目で福祉の勉強して午後から天福球場で練習。二年過程で上達した頃に卒業するが、大半は野球のある福祉関係に進む。今春も県内高校始めに二十五人が入学入部。 「野球のまち」、日南市民に勇気と活性化を贈っている。

5月15日発行旬刊宮崎スポーツ

鵬翔女子バレーが健闘中

 鵬翔女子バレーが徐々に頭角を現してきた。四月、日南市で開催された九州総合県大会で、宮崎商・小林・宮崎日大を二対〇でストレート勝ち。準決勝で宮崎第一に二対一で破り久々に決勝戦へ。相手の都城商は県中学選抜選手も多く、「苦戦は必至」の予想だった。「食い下がれ」の声援は通じず、立ち上がりから劣戦で十二点と十九点は取っても完封負け。部員は悔し涙でコートを去ったが、強豪宮崎日大にも勝ったことで勇気を取り戻して翌日から課題のレシーブ力強化に挑戦が始まった。一の矢、二の矢と強烈にアタックを打ち込んだのは、鶴丸巴菜(西中)と加行笑子(延岡南)。二人とも県中学選抜選手でこの一年余で一七四㌢と一七二㌢と同校史上最も高い攻撃陣。最高到着点も二八〇㌢以上でスタミナもつけている。両エースが何よりも得点源であることは事実だが、課題は確実なレシーブ。強烈なサーブを正確にセッターに廻す。受けるだけでなく速攻をめざすアタッカーに廻すのが何よりの武器。

 

 五年前、県総体で優勝したときは堅い守りで少ないチャンスを得点にしたが、今のチームは守備力がない。取っても取られたら同じで一発目のレシーブに何より技術が必要。鶴丸・加行の両選手は「春高にいくため鵬翔にきました」と目を輝かせているが、総体での優勝を目標に、さらに十一月の春高予選まで気力を切らすことはできない。濱田高伸監督(公立大)は「まだ二年生と考えず後がないつもりで」と両選手に期待を込めている。堅実なレシーブと二エースは再び都城商に挑戦する。

目標は上位進出 宮崎北高野球部

 宮崎北高野球に「青信号」が点灯、周囲の注目を集めている。十五年前の夏の決勝で聖ウルスラに負けて以来、輝かしい上位進出がない状況が続いている。しかし今の三年生部員は二十四人でメンバーを選ぶのに全員に力の差がない。個人個人が目標を持ってオフから力をつけている。少ない練習時間だが内容は充実している。秋は小林西に初戦敗退。春は苦戦して六対五で宮崎学園。次の佐土原に延長で三対四で負けたものの、二戦とも望みをつなげる試合だった。 この僅差を抜け出したら県大会上位進出も夢ではない。

 

 木下陽太投手(北中)は右の本格派でコースの出し入れと二種の変化球で打たせてとる。中盤まではゲームをつくるがカウントをとりにいく時痛打を食うが、甲斐祐翔(妻)が一三〇㌔台の直球で抑える。二投手を補うのは、俊足で高打率の坪田陽樹(生目)。左打者で広角に打ち分ける。松浦瑠風(住吉)、新穂亮太(大塚)は打球も速く長打も放つ巧打者。一点差の試合をいかに勝ちにつなげるか部員たちの目標は同じ。今の地力を抜け出すなら宮崎北の展望は開けそうだ。

古豪復活目指す 大宮高野球部

 大宮高野球部も長いトンネルが続いている。春の大会は初戦小林秀峰に負けて周囲のショックは大きかった。その後市内四校定期戦では宮崎南に勝って準優勝だったものの、古豪らしい戦いからは遠ざかっていた。チームの柱である野辺大智(日大中)・日高乃輝(広瀬)の二年生投捕が若さを暴露する場面が多く四球の後に連打を許すなど不利な試合運びになる。野辺投手は左の上手投げで一三〇㌔もない球速。そこで変化球三、四種でカウントを整える。直球を勝負球にしているが、どうしても速くないため痛打を食ってしまう。夏までいかに直球を磨くかが課題。ソフトバンクの和田投手に似た投法で腕がおくれて出るため今ひとつ速くなれば変化球もキレがあるため楽しみ。日高捕手とは入学した一年前からの投捕で息もピッタリ。成績も二人は上位で頭脳的な場面も見せる。まだ二年生なので経験を積むことも重要か。打線も主砲野﨑大河(宮大附属中)が左の大砲なら、黒木蓮(財光寺)は右の長距離砲。主将の中田遵遊撃手(東大宮)がナインをリード、夏を目指す。

4月25日発行旬刊宮崎スポーツ

西臼杵でサッカー盛り上げる 有水浩智教諭(高千穂高)

 「高千穂町はのどかで非常にすばらしい所」と笑顔で話すのは、春の異動で泉ヶ丘から高千穂高校に異動した有水浩智教諭(筑波大)。山に囲まれ静かな町並み。そして「父兄も人情味のあつい方々ばかり」、さらに「学校は階段が多く、また地元出身の職員にも良くしてもらって」と何も戸惑うことなく一カ月が過ぎた。

 

 問題はサッカー部のことで、一学年六、七人の選手で少なく、新入生も今の時点で数人しかピッチにいない。これまで中学時代優秀だった選手は延岡市内の高校に流れてチーム力は弱く地区リーグでも苦戦が続いた。今年はともかく来年からは高千穂高に「残ってほしい」と願いながら「三部リーグに進出します」とサッカーに対する情熱は変わらない。

 

 泉ヶ丘の十年間は「いい想い出ばかり」と部員も多く技巧派でパワーのある選手も多く、一部リーグに四年在籍。県大会のベスト4にはやや届かなかったが、進学校ながら県のAクラスを何とか維持するなど攻撃的なチームづくりには定評があった。また鹿児島と宮崎のベスト8同士が争う鹿・宮大会で吹上町のサッカー場で何年も戦った試合は「監督人生最高の想い出」と、なつかしく語りながら、「今年から高千穂高を軸に西臼杵をサッカーの盛んな町にしたい」とピッチに視線を送っている。

本県勢の活躍に期待 MRT招待高校野球

 MRT放送局招待高校野球は、五月八、九日の二日間サンマリン球場で開催される。県外招待校は健保大高﨑(群馬)が初。明徳義塾が二度目でいずれもセンバツ大会出場。県内からはセンバツの宮崎商、春優勝の日南学園に延岡学園、宮崎日大、妻、日向の六校で、一日三試合で延長戦無しとしている。

 

 「招待野球をバネにして甲子園目指す」と張り切っているのは宮崎日大ナイン。秋も春も決勝進出を阻止され不本意な成績だった。「もう一歩」と願うのはナインだけではない。五十六年目になる学校創立も甲子園は二度。毎年期待されながら涙をのむ年月が去っている。

 

 今年も不安はある。投手陣の柱がいない。三、四人の投手で試合中は必ず二人がブルペンで準備する。古谷瞳伍(住吉)と谷本宗弥(小松原)の右投手が主にしてゲームをつくる。二人とも一三〇㌔後半で変化球も二、三ある。しかし高めに浮いたりして連打を食う。先発の古谷が六回まで好投したら後半左の成松鷹海(佐土原)も救援。何としても投手陣の奮起か。打撃においては、心配はない。主将で四番の大山和泉(祝吉)が毎試合二安打は計算できて川越宏二郎(檍)、竹之下怜央(住吉)も長打がある。足攻もできる打線は楽しみだが早めに得点して投手陣を助けたい。

4月15日発行旬刊宮崎スポーツ

FC AGATA U-15監督に 早稲田一男氏

 宮崎日大サッカー部総監督の早稲田一男氏(六二)が一年で退官し、延岡市に誕生したFC AGATA U15の初代監督に就任することになった。チームは九州保健福祉大のグラウンドを拠点として、十五歳以下の選手たちを養成。現在、市内と郊外の選手たち十六人で活動。将来はJリーグ入りを目指す。

 

 この数年、テゲバジャーロ宮崎などの影響でサッカー熱は県内各地を熱くしてきたが、「県北にも夢を」と、前々からクラブチーム発足は注目されていた。地元の福祉事業で活躍している有志が先頭になって話は進んだ。早稲田監督は日南市星倉の出身で吾田中から東京の帝京高へ。そのときからサッカー人生が始まり、同校で主将も務めFWの軸として全国総体・選手権を一度ずつ優勝に導いた。県出身選手で初のプロ入りとなった古河電工(現千葉ジェフ)に入団。県内のファンに勇気を贈った。

 

 「指導者として地元へ」の願いで日章学園に招かれた。初めの十年余りは鵬翔に泣かされたものの三十五年間で総体と選手権に計三十回出場しベスト8を二度。その指導はミスの少ない堅い守りと、一気に押し込む攻撃には定評があった。五年前には全日本高校選抜の監督としてドイツとオランダに遠征し指揮をとった。当時の選手は約十人がプロで活躍。二十四歳以下代表で東京五輪出場予定の選手もいる。

 

 県サッカー界では「まだまだやってもらわんと」の声も多く、ファンも常に気にしており、話題の名将である。早稲田監督は「特に県北の皆さんにはお世話になることと思いますが、頑張ります」と、長年の高校球界のピッチに別れを惜しんでいる。

高校野球九州大会 日南学園と宮崎商業が出場

 春の高校野球は六日までに終了し、日南学園が平成二十九年春以来十一度目の優勝で、春と秋通算二十二度目の九州大会出場を決めた。四対七で敗れた延岡学園はプロ注目の大型左腕須藤綺梨(南中)の早めの降板が響き、七回以降に大量点を奪われ涙をのんだ。三位決定戦は宮崎日大が八対〇で妻にコールド勝ち。ベスト4は秋とほぼ同じ顔ぶれだったが、妻の躍進は立派だった。四強に食い込む予想の小林西、聖ウルスラ学園など夏へ向かって奮起を促し「戦国時代」破ってほしい。

 

 選抜の宮崎商と日南学園は二十四日から大分市で開催される九州大会に出場し、夏の甲子園を目指す前哨戦として注目される。宮崎商は甲子園で初戦天理(奈良)に一対七で負けた。一九三㌢の達投手の右腕に六安打。一四二・三㌔の速球はびっくりするまではなかったが、適時失策もあり緊張感も解けた感じの試合だった。身上の奇跡的な打撃が売り物ではあったが、九州大会で再びその打撃を発揮したい。主将で核の中村碧人(東大宮)の前に走者をおけば大量得点になる。小柄な渡邊龍樹(綾)も鋭い振りでスタンドまで運ぶ。西原太一(久峰)も外野越えも多く秋の大会を忘れず本来の打を取り戻したい。

 

 日南学園は伝統の「黒潮打線」が復活。準決勝の宮崎日大戦で立ち上がりまで三失点でも徐々に追い上げ十三安打、十対六で逆転。三盗塁で相手をかく乱した。台湾からの留学生選手も投手兼外野手として活躍。四番門川拡意(加納)と五番水戸龍之介(大阪)は大型打者で打球も鋭く飛距離も超高校級。三番村瀬陸隼(大阪)とクリーンアップは近年にない打線。「甲子園制覇」を夢にしている高校球界だが、打たないことには勝てない。

 

 どんな好投手でもチャンスは必ず出てくる。その時一点でもとらなければ展望は開かない。夏へ向かって九州大会は非常に大切な大会である。

4月5日発行旬刊宮崎スポーツ

1点争う激戦展開 高校サッカー新人戦

 高校サッカーの新人戦の代替大会は去る二十六日までに終了。決勝で鵬翔がPK戦(三対二)で宮崎日大を破った。延岡学園と日章学園の上位四校は五月の県総体のシード校に決まった。今大会は新型コロナの影響で練習不足だったが、攻撃的なチームがなかった。

 

 基本であるディフェンスをしっかりした試合が多く大差の試合がなかった。三回戦以降は一点を争う試合が目立ち、大宮が日章学園に一対二、都城が鵬翔に一対二でそれぞれ惜敗して四強入りを逃した。準々で日南学園が宮崎日大に二対二からPK戦負け。勝つチャンスは後半にあった日南学園は自信にもなったか。二回戦で宮崎西が宮崎日大に一対一からPK戦負け。宮崎北も鵬翔に二対二からPK戦負けで、この時季の進学校の強さを示したが、最後となる県総体でも差を広げることなく、さらに力をつけて戦国時代の大会にしてほしい。三回戦の大宮は一対一で宮崎工と分けてPK戦で上がり準々で日章学園に一対二で負けたものの八強と四強の差もやや縮んだ感じもした。

 

 県大会を三年ぶりに制した鵬翔は五勝のうち三回戦以外は苦戦続きだった。良くつないで走る、守りから攻めへの機転を速くするなど課題をもって練習を重ねた。チーム力も攻撃型になり数年ぶりに伝統校らしくなり期待されていた。上位校とは紙一重の差であることは隠せない。切り札の佐藤颯之介(本郷)の調子が上がらずベンチはため息が続いていた。しかし決勝の宮崎日大戦では気力が充実、宮田理央(祝吉)たちに大声で指示、自信を持ち直しての試合運び。二点のうち佐藤が二点ともネットを揺るがした。「颯之介がやった」と、ベンチの首脳陣と父兄たちに笑顔が出た。欲をいえば、前半の二対一を後半に追いつかれたのが悔やまれる。

 

 鵬翔は十年前全国制覇をして県民を感動させた。再び夢を抱いて全国総体・選手権大会へ挑戦することになった。

3月25日発行旬刊宮崎スポーツ

本県出身プロ野球選手の紹介

 プロ野球今年の郷土出身支配下選手は十五人。その選手の紹介(名前・球団名・年齢・投方打方・去年の実績・今季の期待度・年俸)。

【楽しみな投手陣】

 ▽戸郷翔征=巨・二一・右投右打・九勝六敗・スタミナをつけ二ケタ勝利と規定回数を。二千六百万。

 ▽加治屋蓮=阪・三〇・右投右打・六試合登板・自由契約から再起が目標で中継ぎで。二千万。

 ▽金田和之=オ・三一・右投右打・六試合登板・投手力が弱くチャンスを生かす正念場。一千百万。

 ▽武田翔太=ソ・二八・右投右打・二勝二敗・ローテに戻って通算五十九勝に上積み。六千万。

 ▽柳裕也=中・二七・右投右打・六勝七敗・吉見投手の引退で、中軸で力投を期待。四千百万。

 ▽榎田大樹=西・三五・左投左打・一勝一敗・十一年目で多彩な変化球と粘りを発揮。三千七百万。

 ▽山本由伸=オ・二三・右投右打・八勝四敗・先発の柱で救世主に。五輪でも投げる。一億五千万。

 ▽中崎翔大=広・二九・右投右打・一試合一勝・九月腕の手術が完治。V奪還のカギ。八千七百万。

 ▽ケムア=広・二六・右投右打・四十一試合で一勝・若手投手が多く一五〇㌔を生かす。千六百万。

【俊足も多い打撃陣】

 羽月隆太郎=広・二一・右投左打・十七試合二安打・二軍で優秀選手賞。守と足は抜群。八百万。

 ▽山﨑剛=楽・二六・右投左打・二塁を浅村にとられ、外野で出場か。日米大学の実績を。九百万。

 ▽青木宣親=ヤ・三九・右投左打・百十三安打+八本塁打。巧打と守りで優勝目指す。三億三千万。

 ▽武藤敦貴=楽・二〇・右投左打・二軍選手権に出場した実績で一軍入りを目指す。五百六十万。

 ▽藤原哲=巨・二三・右投左打・日南学園と創価大の捕手として活躍。二軍で力をつける。七百万。

 ▽小幡竜平=阪・二一・右投左打・一軍で五十七試合出場。守備に自信をもつ内野手。千百万。

公立校の奮起に期待 高校サッカー新人戦

 高校サッカーの新人戦の代替大会が、十三日から県内八会場で行われ、宮崎日大は宮崎西、鵬翔は宮崎北にそれぞれ引き分けてPK戦の末、辛勝した。他に日章学園、日南学園といった有力校も順調に勝ち上がった。準決と決勝は二十六日、宮崎日大、日章学園の人口芝グランドで行う。今大会の成績で五月の総体のシード校が決まるため、どこの学校も真剣そのもの。

 

 大会初日、高城グランドで佐土原対都城工の対戦が行われ、白熱の戦いだった。地元都城工は二対二の後PK戦で涙をのんだ。前半から優勢にゲームを進めていた都城工は後半、足が止まりFW陣の不振でシュート機会も相手を上回ったものの引き分け。地元だったため父兄も多く高城町内のファンも関心はもってはいたが、PK戦負けに周囲のショックは大きかった。

 

 都城はサッカー熱の熱い所で同校への期待は昔と変わらない。この十余年選手権予選で四度の準Vで、二度目の全国大会も夢でない目標だった。しかしこの三年間「指定席」と言われた四強進出もなく一般卒業生など非常に気がかりの日々が続いている。公立校で最強の強さが続いた数年前の強さがない。好選手が宮崎の強豪校に行くなどで、優秀選手が少ない。附属中に引き抜かれるなど都城協会で不満も続出している。同校だけでなく市内の高校は不安も多い。どうしても残ってほしいのは山々で今後も今の状態が続くのでは、宮崎市内の強豪校との差は縮むことはない。

 

 名門と言われていた都城工のかつての輝きは再現できるのか。県内の公立校は私立校の独走を許すわけにはいかない。公立校の奮起を大いに期待したい。

3月15日発行旬刊宮崎スポーツ

初戦突破目指す 日向学院サッカー

 県民が注目していたテゲバジャーロ宮崎がJリーグに昇格しいよいよ本県勢に活気がみなぎってきた。小学から社会人までサッカー場は土・日は熱気が漂っている。日向学院高等部も夕方一時半の短時間で精いっぱいの練習で「初戦突破」を目指している。チームを引導しているのは主将でGKの築地哲平選手。反応と機敏さは抜群で大声で仲間に指示する。ディフェンスが大事であることは百も承知で敵陣から来たら物怖じせず防御。この冬自信もつけてきた。エースで切り札はFWの森山大誠選手。チーム一の点取り屋は頼りになっている。二人は附属中からの名コンビで校内でも話題の頂点で人気者。同校は県リーグで戦ったことはなく、県央八校の中の地区リーグ所属。

 

 勉強に追われ練習も他校に比べ半分。思うようにチーム力は上がらないが、「勉強と部活の両立」は伝統的で医学部に進んだ先輩も数人いる。六大学へ進学した先輩も少なくない。サッカー好きは他の部活選手に負けない。秋の選手権予選は初戦で都城工業に〇対四で負けたが後半足が止まってスタミナ切れもあり総体目指して個々の能力は徐々に成長はしている。十三日に開幕した新人戦代替大会では、「善戦、初戦突破」を目標にして臨んだ。甲子園・春高バレーなどから遠ざかってはいる日向学院だが、男子バレー日本代表で五輪出場を目標にしている李博選手(筑波大・東レ)は在校生の宝。テゲバジャーロは憧れでサッカー部員は一日もムダなく青春を送っている。「勝てるサッカー」の試練はいよいよギアが入ってきた。

 

高校球児たちの熱戦開幕 春の高校野球県予選

 春の高校野球県予選は、二十日からサンマリンとアイビーの両球場で四十六校が出場。センバツの宮崎商と優勝校は来月二十四日から大分県で開かれる九州大会へ出場する。シード校は秋の成績順で一位校宮崎商は辞退で第四シードは各校の投票の結果、聖ウルスラ、小林西の予想を妻が獲得した。

 

 第一シードは秋の二位校延岡学園で九州大会で一勝して左右の投手陣が自信をつけて四強までいけそう。第二の日南学園はオフに強力になった打線は脅威で聖ウルスラとが楽しみ。第三の宮崎日大は機動力を含む打撃が売り物。その中に都城東と小林西が好カードで対戦が見もの。

 

 妻の四強シードは昭和五十九年夏以来。当時の県選手権を制して現在の全公式戦のポイントでなく第一シードになった。一六五㌢の左腕川崎康生投手(都於郡)が今月になって一三〇㌔中盤を投げるように成長。そのためカーブとチェンジアップが効果を出している。秋は飯野戦に五対〇のノーヒットノーランで自信をつけた。大宮戦も八対一で完投。準々で宮崎日大に〇対四で川崎投手が力投。打線にやや弱さが見えるが早めの攻撃で川崎投手を楽にさせたい。

 

 初戦の好カードは日章学園対都城商も注目。都城商は十二人の部員でオフは工夫つけて練習。精度の高い選手が多くチームはアップして勢いに乗れば上位をかく乱しそう。核弾頭の一番瀬尾達也選手(妻ヶ丘)は遊撃で左打ち。俊足で巧打者。四番藤田龍信選手(祝吉)はチーム一の大砲で厳しいボールも左中間へ運ぶ。背番号1の河野幸平選手(五十市)は直球にキレが出て変化球もかなり磨かれている。二塁も守れて器用さもあって周囲の信頼ならピカ一。谷ヶ久保裕太捕手(志和池)のリードも強気で併殺打もよく打たせる。附属中から養成されている日章学園は攻守ともAクラスで上位進出をかけた熱戦は避けられない。

2月15日発行旬刊宮崎スポーツ

初戦突破が第一目標 センバツ出場の宮商野球

 三月十九日開幕する春の甲子園大会へ、宮崎商が五十二年ぶり三度目のセンバツとなった。投手陣は二本柱でまずまず。守備力は失策が少なく九州枠四校で一。そして粘り強い打線は脅威的で奇跡的な大逆転も県予選で見せた。

 

 これまで二度のセンバツは初戦で涙をのんだが、「初戦突破」が第一目標か。「宮商」と刻まれたユニホームのマークが躍動する期待をするオールドファンは県内多々残っている。古豪が残した足跡は名先輩たちも築いた。プロで実績を示した小川享・高橋博・水谷実雄・西井哲夫・島原公二・赤川克紀は県高校史に刻まれている。今の後輩たちは伝説の話だが、特に西井投手(国富町在住)は、プロ通算六十三勝。前年秋の九州大会は四試合連続完封勝利。「九州一の剛腕」と甲子園では黒山の報道陣に囲まれたもの。その豪腕は初戦を突破できず涙をこらえて帰郷。打線の力不足といえばそれまでだが、木製バット時代で野球そのものが今とは全く変わっている。バントが少なく振り回す、二番打者に強打者をおくなど序盤から大量点をとるチームが少なくない。投手も小、中学時に硬球ボールに慣れて入学しても多才な変化球を放る。宮崎商も強豪校に負けず先手攻撃が必死だ。

VリーグPFUに入団 甲斐由美夏選手(都城商女子)

 都城商女子バレーの甲斐由美夏選手が、国内一番上のVリーグPFUに入団することになった。同チームは石川県が本拠地で十二チーム中で七・八位で現在日本代表に十八人がプレーしている。彼女は先月の全国春高に出場したセッターで、素早くボールの真下にいってトス。ボールがぶれず、それぞれのアタッカーの最高到達点を読みながら上げる。また仲間や自分が失策したら、どこにまわってどんなプレーをするかなど、次の動きの勘も鋭い。その上高さもありブロックも充分で周囲の信望は抜群。

 

 Vリーグに入団選手は本県の高校から直接は十年に一人か、いい時で二人。まして日本代表選手のいる久光製薬、JT、東レなどの名門と戦えるとあって甲斐選手は決定した頃から笑顔が続いている。卒業式を終了すると即チームに合流する予定で、現地では午前中は事務職の仕事をして午後から四、五時間の練習の歳月が続く。三年間指導した松元太一監督(日体大)は、「簡単にはいかない。下積みは覚悟。しかし大変光栄です」と、名セッターの活躍を祈っている。一七一㌢、土々呂中。

2月5日発行旬刊宮崎スポーツ

大富監督(大宮)が引退 高校野球で名勝負残す

 高校野球界で今春ひとりの名将が消えることになった。大宮の大富省三監督で、「三十五年間ファンの皆様にお世話になりました」と、眼鏡を奥を光らせている。早大のマネージャーや学生コーチとして卒業時は米国へ英語の留学。帰国して県教職員として宮崎北から教職の人生が始まった。「甲子園に行く」の願望は、二校目の赴任母校高鍋で実現。平成十年のセンバツ大会にコマを進めた。名門の甲子園は十五年ぶりで、その後も出場はない。矢野投手(元広島)の力投もあり、関西学院高と広島商を撃破して準々で日大藤沢の館山投手(元ヤクルト)に涙をのんだ。 「夏にまた来いよー」とスタンドからの声は、六年後の夏に佐土原を初出場。出場を決めたときのインタビューで「町内の皆様のご声援のおかげ」と深く感謝の気持ちを表し、佐土原町に感動を与えた。左の金丸投手(元広島)の好投で初戦突破し二戦目は敗れたものの県高校球界に一ページを刻んだ。

 

 大富監督のカラーは主戦投手を育て、守りを堅める。守備練習は個人的にもノックを浴びせ、納得するまで数日も続けた。そして新しいものを次々と実行し、父兄の協力も要請し続けた。県立校を二校にわたって甲子園を当時は、山極・浅野の二監督に続く快挙で、通算三勝は最多。勝利監督のお立ち台では黒山の報道陣が、「名門広島商に勝っておめでとう」と言われると、「夢のようです」と涙をこらえ答えた。そのときの写真が大きなパネルに入って新富町の実家に飾られている。泥と汗にまみれ、数々の名勝負と栄光を残した大富監督に、多くのファンが大きな拍手を送っている。

旭化成陸上部を振り返る

 旭化成陸上部は県民に夢と勇気を与えた。戦後に産声を上げて七十余年。その健脚は多大な功績を残した。伴走者はバイクやオート三輪車で、道路は狭く砂利。靴といえばゴムのタビで今思えばオールドファンにはなつかしい風景。

 

 県内から優秀な走者が入社、延岡市内を朝夕走りまくったかつての名走者はいない。広島庫・蓬原・広島日など日の丸選手は県民の脳裏に残っている。昭和三十五年のローマ五輪マラソンで広島庫夫選手が走ったラジオ放送は、県民は息を止めて聞いたもの。マラソンは長いトンネルが続いたが、東京五輪の前年に岩下察男選手が日本人で初めて五千㍍を十三分台に突入。数年後広島日出國選手が当時の福岡国際マラソンで二位。その数年後に宮崎中央高(鵬翔)を卒業したばかりの佐藤市雄選手が四月の日本選手権で五千㍍を制した。

 

 宗兄弟が入社してチームはさらに明るく強くなり、兄茂選手は五十三年の別府毎日で日本人初の二時間〇九分〇五秒六で十分台を切った。猛選手は二位だったが、三分近くおくれて別府湾のゴールに入った。トラックでも米重修一選手が五千㍍日本新、高卒二年目の大野龍二選手が北京五輪一万㍍を走り、この一、二年では一万㍍に鎧坂哲哉選手と村山康太選手が日本新。二人を相澤晃選手が十秒以上ぬり替え夏の東京五輪出場を決めた。今はないが三大駅伝(朝日・実業団・中国)で昭和五十八年まで十八連覇は陸連史に刻まれている。谷口浩美選手が入社前で、宗兄弟を軸に児玉泰介・佐藤市雄の両選手が活躍した。

1月25日発行旬刊宮崎スポーツ

本県出身選手活躍ならず ニューイヤー駅伝男子

 「陸上王国宮崎」にとって、今年の正月の駅伝は低調で県内の茶の間をわかす場面がなかった。元旦の群馬県での全日本男子実業団は、五連覇が期待されながら、一区から最終区まで首位になることなく、また区間賞選手も出らず三位。大型新人で東京五輪一万㍍出場を決定している相澤晃選手(二三)が欠場だったのも県民はショックだった。

 

 郷土出身が非常に気になるファンばかりで、トヨタ九州・黒崎播磨選手らに数人の選手がいるものの出番なし。東日本代表のホンダで日章学園卒の田口雅也選手(二七)が走ったもののテレビで大きく映る程の走りでなかった。

 

 以前は郷土出身が五、六人はいて声援を送ったものだが、高校、大学までは通用してもその後は一、二年で引退しているのが目立つ。王国にとって不満のひとつか。

 

 名門小林OBで社会人で走っているのは、去年東洋大からトヨタ九州へ入社した今西駿介選手(二三)だけ。箱根大学駅伝で三、四年の時復路の一区山下りを走った。特に去年はぐんぐん下り坂をとばして区間二位ながら同区の歴代二位の記録に輝いている。「トラックよりロードが好き」と大学時代からクロカンを走り海外二カ国にも招待された。高校時代は二、三年生で都大路の三区を走り二年生時は中継。密集地を次々と抜けて十九人をゴボー抜きは記憶に残っている。しかし今季は右足の痛みもあり、九州地区予選では六区を十一位で全日本は自ら辞退することとなった。元旭化成でバルセロナ五輪マラソン銀メダルの森下広一監督の期待も大きい。日本陸連においても、今西選手への期待ははかりしれない。

大分B-リングスに入団決定 川上選手(宮崎医療福祉カレッジ)

 天福球場に拠点を構える宮崎福祉医療カレッジの主砲川上理偉遊撃手が大分に新しくできた独立リーグの大分B―リングスに入団することになり近日中に合流する。大分高から入学して二年。通算打率三割八分の俊足でパンチもある右打者。また強肩で、体格も一七八㌢と均整もとれていて、夏のクラブ大会九州予選でも大分新球場のスタンドに放り込みびっくりさせた。

 

 夢は何といっても上のプロ入りで、「二年努力して必ず夢を」と、張り切っている。今春独立リーグは熊本でも誕生し沖縄とソフトバンクの三軍など四チームで主に戦うが数試合は四国とも試合をする。また大分は日南市と野球協約を提携して天福球場に姿を見せる予定。医療カレッジは年々チーム力が向上し町おこしと日南市民に夢と希望を与えている。

旬刊宮崎は創刊当初より30年以上、庶民の立場から真実を追究。山積する不条理に対し「弱者の代弁者として破邪顕正の剣で立ち向かっていく」旬刊新聞です(発行は毎月5日、15日、25日)。