4月25日発行旬刊宮崎スポーツ

西臼杵でサッカー盛り上げる 有水浩智教諭(高千穂高)

 「高千穂町はのどかで非常にすばらしい所」と笑顔で話すのは、春の異動で泉ヶ丘から高千穂高校に異動した有水浩智教諭(筑波大)。山に囲まれ静かな町並み。そして「父兄も人情味のあつい方々ばかり」、さらに「学校は階段が多く、また地元出身の職員にも良くしてもらって」と何も戸惑うことなく一カ月が過ぎた。

 

 問題はサッカー部のことで、一学年六、七人の選手で少なく、新入生も今の時点で数人しかピッチにいない。これまで中学時代優秀だった選手は延岡市内の高校に流れてチーム力は弱く地区リーグでも苦戦が続いた。今年はともかく来年からは高千穂高に「残ってほしい」と願いながら「三部リーグに進出します」とサッカーに対する情熱は変わらない。

 

 泉ヶ丘の十年間は「いい想い出ばかり」と部員も多く技巧派でパワーのある選手も多く、一部リーグに四年在籍。県大会のベスト4にはやや届かなかったが、進学校ながら県のAクラスを何とか維持するなど攻撃的なチームづくりには定評があった。また鹿児島と宮崎のベスト8同士が争う鹿・宮大会で吹上町のサッカー場で何年も戦った試合は「監督人生最高の想い出」と、なつかしく語りながら、「今年から高千穂高を軸に西臼杵をサッカーの盛んな町にしたい」とピッチに視線を送っている。

本県勢の活躍に期待 MRT招待高校野球

 MRT放送局招待高校野球は、五月八、九日の二日間サンマリン球場で開催される。県外招待校は健保大高﨑(群馬)が初。明徳義塾が二度目でいずれもセンバツ大会出場。県内からはセンバツの宮崎商、春優勝の日南学園に延岡学園、宮崎日大、妻、日向の六校で、一日三試合で延長戦無しとしている。

 

 「招待野球をバネにして甲子園目指す」と張り切っているのは宮崎日大ナイン。秋も春も決勝進出を阻止され不本意な成績だった。「もう一歩」と願うのはナインだけではない。五十六年目になる学校創立も甲子園は二度。毎年期待されながら涙をのむ年月が去っている。

 

 今年も不安はある。投手陣の柱がいない。三、四人の投手で試合中は必ず二人がブルペンで準備する。古谷瞳伍(住吉)と谷本宗弥(小松原)の右投手が主にしてゲームをつくる。二人とも一三〇㌔後半で変化球も二、三ある。しかし高めに浮いたりして連打を食う。先発の古谷が六回まで好投したら後半左の成松鷹海(佐土原)も救援。何としても投手陣の奮起か。打撃においては、心配はない。主将で四番の大山和泉(祝吉)が毎試合二安打は計算できて川越宏二郎(檍)、竹之下怜央(住吉)も長打がある。足攻もできる打線は楽しみだが早めに得点して投手陣を助けたい。

4月15日発行旬刊宮崎スポーツ

FC AGATA U-15監督に 早稲田一男氏

 宮崎日大サッカー部総監督の早稲田一男氏(六二)が一年で退官し、延岡市に誕生したFC AGATA U15の初代監督に就任することになった。チームは九州保健福祉大のグラウンドを拠点として、十五歳以下の選手たちを養成。現在、市内と郊外の選手たち十六人で活動。将来はJリーグ入りを目指す。

 

 この数年、テゲバジャーロ宮崎などの影響でサッカー熱は県内各地を熱くしてきたが、「県北にも夢を」と、前々からクラブチーム発足は注目されていた。地元の福祉事業で活躍している有志が先頭になって話は進んだ。早稲田監督は日南市星倉の出身で吾田中から東京の帝京高へ。そのときからサッカー人生が始まり、同校で主将も務めFWの軸として全国総体・選手権を一度ずつ優勝に導いた。県出身選手で初のプロ入りとなった古河電工(現千葉ジェフ)に入団。県内のファンに勇気を贈った。

 

 「指導者として地元へ」の願いで日章学園に招かれた。初めの十年余りは鵬翔に泣かされたものの三十五年間で総体と選手権に計三十回出場しベスト8を二度。その指導はミスの少ない堅い守りと、一気に押し込む攻撃には定評があった。五年前には全日本高校選抜の監督としてドイツとオランダに遠征し指揮をとった。当時の選手は約十人がプロで活躍。二十四歳以下代表で東京五輪出場予定の選手もいる。

 

 県サッカー界では「まだまだやってもらわんと」の声も多く、ファンも常に気にしており、話題の名将である。早稲田監督は「特に県北の皆さんにはお世話になることと思いますが、頑張ります」と、長年の高校球界のピッチに別れを惜しんでいる。

高校野球九州大会 日南学園と宮崎商業が出場

 春の高校野球は六日までに終了し、日南学園が平成二十九年春以来十一度目の優勝で、春と秋通算二十二度目の九州大会出場を決めた。四対七で敗れた延岡学園はプロ注目の大型左腕須藤綺梨(南中)の早めの降板が響き、七回以降に大量点を奪われ涙をのんだ。三位決定戦は宮崎日大が八対〇で妻にコールド勝ち。ベスト4は秋とほぼ同じ顔ぶれだったが、妻の躍進は立派だった。四強に食い込む予想の小林西、聖ウルスラ学園など夏へ向かって奮起を促し「戦国時代」破ってほしい。

 

 選抜の宮崎商と日南学園は二十四日から大分市で開催される九州大会に出場し、夏の甲子園を目指す前哨戦として注目される。宮崎商は甲子園で初戦天理(奈良)に一対七で負けた。一九三㌢の達投手の右腕に六安打。一四二・三㌔の速球はびっくりするまではなかったが、適時失策もあり緊張感も解けた感じの試合だった。身上の奇跡的な打撃が売り物ではあったが、九州大会で再びその打撃を発揮したい。主将で核の中村碧人(東大宮)の前に走者をおけば大量得点になる。小柄な渡邊龍樹(綾)も鋭い振りでスタンドまで運ぶ。西原太一(久峰)も外野越えも多く秋の大会を忘れず本来の打を取り戻したい。

 

 日南学園は伝統の「黒潮打線」が復活。準決勝の宮崎日大戦で立ち上がりまで三失点でも徐々に追い上げ十三安打、十対六で逆転。三盗塁で相手をかく乱した。台湾からの留学生選手も投手兼外野手として活躍。四番門川拡意(加納)と五番水戸龍之介(大阪)は大型打者で打球も鋭く飛距離も超高校級。三番村瀬陸隼(大阪)とクリーンアップは近年にない打線。「甲子園制覇」を夢にしている高校球界だが、打たないことには勝てない。

 

 どんな好投手でもチャンスは必ず出てくる。その時一点でもとらなければ展望は開かない。夏へ向かって九州大会は非常に大切な大会である。

4月5日発行旬刊宮崎スポーツ

1点争う激戦展開 高校サッカー新人戦

 高校サッカーの新人戦の代替大会は去る二十六日までに終了。決勝で鵬翔がPK戦(三対二)で宮崎日大を破った。延岡学園と日章学園の上位四校は五月の県総体のシード校に決まった。今大会は新型コロナの影響で練習不足だったが、攻撃的なチームがなかった。

 

 基本であるディフェンスをしっかりした試合が多く大差の試合がなかった。三回戦以降は一点を争う試合が目立ち、大宮が日章学園に一対二、都城が鵬翔に一対二でそれぞれ惜敗して四強入りを逃した。準々で日南学園が宮崎日大に二対二からPK戦負け。勝つチャンスは後半にあった日南学園は自信にもなったか。二回戦で宮崎西が宮崎日大に一対一からPK戦負け。宮崎北も鵬翔に二対二からPK戦負けで、この時季の進学校の強さを示したが、最後となる県総体でも差を広げることなく、さらに力をつけて戦国時代の大会にしてほしい。三回戦の大宮は一対一で宮崎工と分けてPK戦で上がり準々で日章学園に一対二で負けたものの八強と四強の差もやや縮んだ感じもした。

 

 県大会を三年ぶりに制した鵬翔は五勝のうち三回戦以外は苦戦続きだった。良くつないで走る、守りから攻めへの機転を速くするなど課題をもって練習を重ねた。チーム力も攻撃型になり数年ぶりに伝統校らしくなり期待されていた。上位校とは紙一重の差であることは隠せない。切り札の佐藤颯之介(本郷)の調子が上がらずベンチはため息が続いていた。しかし決勝の宮崎日大戦では気力が充実、宮田理央(祝吉)たちに大声で指示、自信を持ち直しての試合運び。二点のうち佐藤が二点ともネットを揺るがした。「颯之介がやった」と、ベンチの首脳陣と父兄たちに笑顔が出た。欲をいえば、前半の二対一を後半に追いつかれたのが悔やまれる。

 

 鵬翔は十年前全国制覇をして県民を感動させた。再び夢を抱いて全国総体・選手権大会へ挑戦することになった。

3月25日発行旬刊宮崎スポーツ

本県出身プロ野球選手の紹介

 プロ野球今年の郷土出身支配下選手は十五人。その選手の紹介(名前・球団名・年齢・投方打方・去年の実績・今季の期待度・年俸)。

【楽しみな投手陣】

 ▽戸郷翔征=巨・二一・右投右打・九勝六敗・スタミナをつけ二ケタ勝利と規定回数を。二千六百万。

 ▽加治屋蓮=阪・三〇・右投右打・六試合登板・自由契約から再起が目標で中継ぎで。二千万。

 ▽金田和之=オ・三一・右投右打・六試合登板・投手力が弱くチャンスを生かす正念場。一千百万。

 ▽武田翔太=ソ・二八・右投右打・二勝二敗・ローテに戻って通算五十九勝に上積み。六千万。

 ▽柳裕也=中・二七・右投右打・六勝七敗・吉見投手の引退で、中軸で力投を期待。四千百万。

 ▽榎田大樹=西・三五・左投左打・一勝一敗・十一年目で多彩な変化球と粘りを発揮。三千七百万。

 ▽山本由伸=オ・二三・右投右打・八勝四敗・先発の柱で救世主に。五輪でも投げる。一億五千万。

 ▽中崎翔大=広・二九・右投右打・一試合一勝・九月腕の手術が完治。V奪還のカギ。八千七百万。

 ▽ケムア=広・二六・右投右打・四十一試合で一勝・若手投手が多く一五〇㌔を生かす。千六百万。

【俊足も多い打撃陣】

 羽月隆太郎=広・二一・右投左打・十七試合二安打・二軍で優秀選手賞。守と足は抜群。八百万。

 ▽山﨑剛=楽・二六・右投左打・二塁を浅村にとられ、外野で出場か。日米大学の実績を。九百万。

 ▽青木宣親=ヤ・三九・右投左打・百十三安打+八本塁打。巧打と守りで優勝目指す。三億三千万。

 ▽武藤敦貴=楽・二〇・右投左打・二軍選手権に出場した実績で一軍入りを目指す。五百六十万。

 ▽藤原哲=巨・二三・右投左打・日南学園と創価大の捕手として活躍。二軍で力をつける。七百万。

 ▽小幡竜平=阪・二一・右投左打・一軍で五十七試合出場。守備に自信をもつ内野手。千百万。

公立校の奮起に期待 高校サッカー新人戦

 高校サッカーの新人戦の代替大会が、十三日から県内八会場で行われ、宮崎日大は宮崎西、鵬翔は宮崎北にそれぞれ引き分けてPK戦の末、辛勝した。他に日章学園、日南学園といった有力校も順調に勝ち上がった。準決と決勝は二十六日、宮崎日大、日章学園の人口芝グランドで行う。今大会の成績で五月の総体のシード校が決まるため、どこの学校も真剣そのもの。

 

 大会初日、高城グランドで佐土原対都城工の対戦が行われ、白熱の戦いだった。地元都城工は二対二の後PK戦で涙をのんだ。前半から優勢にゲームを進めていた都城工は後半、足が止まりFW陣の不振でシュート機会も相手を上回ったものの引き分け。地元だったため父兄も多く高城町内のファンも関心はもってはいたが、PK戦負けに周囲のショックは大きかった。

 

 都城はサッカー熱の熱い所で同校への期待は昔と変わらない。この十余年選手権予選で四度の準Vで、二度目の全国大会も夢でない目標だった。しかしこの三年間「指定席」と言われた四強進出もなく一般卒業生など非常に気がかりの日々が続いている。公立校で最強の強さが続いた数年前の強さがない。好選手が宮崎の強豪校に行くなどで、優秀選手が少ない。附属中に引き抜かれるなど都城協会で不満も続出している。同校だけでなく市内の高校は不安も多い。どうしても残ってほしいのは山々で今後も今の状態が続くのでは、宮崎市内の強豪校との差は縮むことはない。

 

 名門と言われていた都城工のかつての輝きは再現できるのか。県内の公立校は私立校の独走を許すわけにはいかない。公立校の奮起を大いに期待したい。

3月15日発行旬刊宮崎スポーツ

初戦突破目指す 日向学院サッカー

 県民が注目していたテゲバジャーロ宮崎がJリーグに昇格しいよいよ本県勢に活気がみなぎってきた。小学から社会人までサッカー場は土・日は熱気が漂っている。日向学院高等部も夕方一時半の短時間で精いっぱいの練習で「初戦突破」を目指している。チームを引導しているのは主将でGKの築地哲平選手。反応と機敏さは抜群で大声で仲間に指示する。ディフェンスが大事であることは百も承知で敵陣から来たら物怖じせず防御。この冬自信もつけてきた。エースで切り札はFWの森山大誠選手。チーム一の点取り屋は頼りになっている。二人は附属中からの名コンビで校内でも話題の頂点で人気者。同校は県リーグで戦ったことはなく、県央八校の中の地区リーグ所属。

 

 勉強に追われ練習も他校に比べ半分。思うようにチーム力は上がらないが、「勉強と部活の両立」は伝統的で医学部に進んだ先輩も数人いる。六大学へ進学した先輩も少なくない。サッカー好きは他の部活選手に負けない。秋の選手権予選は初戦で都城工業に〇対四で負けたが後半足が止まってスタミナ切れもあり総体目指して個々の能力は徐々に成長はしている。十三日に開幕した新人戦代替大会では、「善戦、初戦突破」を目標にして臨んだ。甲子園・春高バレーなどから遠ざかってはいる日向学院だが、男子バレー日本代表で五輪出場を目標にしている李博選手(筑波大・東レ)は在校生の宝。テゲバジャーロは憧れでサッカー部員は一日もムダなく青春を送っている。「勝てるサッカー」の試練はいよいよギアが入ってきた。

 

高校球児たちの熱戦開幕 春の高校野球県予選

 春の高校野球県予選は、二十日からサンマリンとアイビーの両球場で四十六校が出場。センバツの宮崎商と優勝校は来月二十四日から大分県で開かれる九州大会へ出場する。シード校は秋の成績順で一位校宮崎商は辞退で第四シードは各校の投票の結果、聖ウルスラ、小林西の予想を妻が獲得した。

 

 第一シードは秋の二位校延岡学園で九州大会で一勝して左右の投手陣が自信をつけて四強までいけそう。第二の日南学園はオフに強力になった打線は脅威で聖ウルスラとが楽しみ。第三の宮崎日大は機動力を含む打撃が売り物。その中に都城東と小林西が好カードで対戦が見もの。

 

 妻の四強シードは昭和五十九年夏以来。当時の県選手権を制して現在の全公式戦のポイントでなく第一シードになった。一六五㌢の左腕川崎康生投手(都於郡)が今月になって一三〇㌔中盤を投げるように成長。そのためカーブとチェンジアップが効果を出している。秋は飯野戦に五対〇のノーヒットノーランで自信をつけた。大宮戦も八対一で完投。準々で宮崎日大に〇対四で川崎投手が力投。打線にやや弱さが見えるが早めの攻撃で川崎投手を楽にさせたい。

 

 初戦の好カードは日章学園対都城商も注目。都城商は十二人の部員でオフは工夫つけて練習。精度の高い選手が多くチームはアップして勢いに乗れば上位をかく乱しそう。核弾頭の一番瀬尾達也選手(妻ヶ丘)は遊撃で左打ち。俊足で巧打者。四番藤田龍信選手(祝吉)はチーム一の大砲で厳しいボールも左中間へ運ぶ。背番号1の河野幸平選手(五十市)は直球にキレが出て変化球もかなり磨かれている。二塁も守れて器用さもあって周囲の信頼ならピカ一。谷ヶ久保裕太捕手(志和池)のリードも強気で併殺打もよく打たせる。附属中から養成されている日章学園は攻守ともAクラスで上位進出をかけた熱戦は避けられない。

2月15日発行旬刊宮崎スポーツ

初戦突破が第一目標 センバツ出場の宮商野球

 三月十九日開幕する春の甲子園大会へ、宮崎商が五十二年ぶり三度目のセンバツとなった。投手陣は二本柱でまずまず。守備力は失策が少なく九州枠四校で一。そして粘り強い打線は脅威的で奇跡的な大逆転も県予選で見せた。

 

 これまで二度のセンバツは初戦で涙をのんだが、「初戦突破」が第一目標か。「宮商」と刻まれたユニホームのマークが躍動する期待をするオールドファンは県内多々残っている。古豪が残した足跡は名先輩たちも築いた。プロで実績を示した小川享・高橋博・水谷実雄・西井哲夫・島原公二・赤川克紀は県高校史に刻まれている。今の後輩たちは伝説の話だが、特に西井投手(国富町在住)は、プロ通算六十三勝。前年秋の九州大会は四試合連続完封勝利。「九州一の剛腕」と甲子園では黒山の報道陣に囲まれたもの。その豪腕は初戦を突破できず涙をこらえて帰郷。打線の力不足といえばそれまでだが、木製バット時代で野球そのものが今とは全く変わっている。バントが少なく振り回す、二番打者に強打者をおくなど序盤から大量点をとるチームが少なくない。投手も小、中学時に硬球ボールに慣れて入学しても多才な変化球を放る。宮崎商も強豪校に負けず先手攻撃が必死だ。

VリーグPFUに入団 甲斐由美夏選手(都城商女子)

 都城商女子バレーの甲斐由美夏選手が、国内一番上のVリーグPFUに入団することになった。同チームは石川県が本拠地で十二チーム中で七・八位で現在日本代表に十八人がプレーしている。彼女は先月の全国春高に出場したセッターで、素早くボールの真下にいってトス。ボールがぶれず、それぞれのアタッカーの最高到達点を読みながら上げる。また仲間や自分が失策したら、どこにまわってどんなプレーをするかなど、次の動きの勘も鋭い。その上高さもありブロックも充分で周囲の信望は抜群。

 

 Vリーグに入団選手は本県の高校から直接は十年に一人か、いい時で二人。まして日本代表選手のいる久光製薬、JT、東レなどの名門と戦えるとあって甲斐選手は決定した頃から笑顔が続いている。卒業式を終了すると即チームに合流する予定で、現地では午前中は事務職の仕事をして午後から四、五時間の練習の歳月が続く。三年間指導した松元太一監督(日体大)は、「簡単にはいかない。下積みは覚悟。しかし大変光栄です」と、名セッターの活躍を祈っている。一七一㌢、土々呂中。

2月5日発行旬刊宮崎スポーツ

大富監督(大宮)が引退 高校野球で名勝負残す

 高校野球界で今春ひとりの名将が消えることになった。大宮の大富省三監督で、「三十五年間ファンの皆様にお世話になりました」と、眼鏡を奥を光らせている。早大のマネージャーや学生コーチとして卒業時は米国へ英語の留学。帰国して県教職員として宮崎北から教職の人生が始まった。「甲子園に行く」の願望は、二校目の赴任母校高鍋で実現。平成十年のセンバツ大会にコマを進めた。名門の甲子園は十五年ぶりで、その後も出場はない。矢野投手(元広島)の力投もあり、関西学院高と広島商を撃破して準々で日大藤沢の館山投手(元ヤクルト)に涙をのんだ。 「夏にまた来いよー」とスタンドからの声は、六年後の夏に佐土原を初出場。出場を決めたときのインタビューで「町内の皆様のご声援のおかげ」と深く感謝の気持ちを表し、佐土原町に感動を与えた。左の金丸投手(元広島)の好投で初戦突破し二戦目は敗れたものの県高校球界に一ページを刻んだ。

 

 大富監督のカラーは主戦投手を育て、守りを堅める。守備練習は個人的にもノックを浴びせ、納得するまで数日も続けた。そして新しいものを次々と実行し、父兄の協力も要請し続けた。県立校を二校にわたって甲子園を当時は、山極・浅野の二監督に続く快挙で、通算三勝は最多。勝利監督のお立ち台では黒山の報道陣が、「名門広島商に勝っておめでとう」と言われると、「夢のようです」と涙をこらえ答えた。そのときの写真が大きなパネルに入って新富町の実家に飾られている。泥と汗にまみれ、数々の名勝負と栄光を残した大富監督に、多くのファンが大きな拍手を送っている。

旭化成陸上部を振り返る

 旭化成陸上部は県民に夢と勇気を与えた。戦後に産声を上げて七十余年。その健脚は多大な功績を残した。伴走者はバイクやオート三輪車で、道路は狭く砂利。靴といえばゴムのタビで今思えばオールドファンにはなつかしい風景。

 

 県内から優秀な走者が入社、延岡市内を朝夕走りまくったかつての名走者はいない。広島庫・蓬原・広島日など日の丸選手は県民の脳裏に残っている。昭和三十五年のローマ五輪マラソンで広島庫夫選手が走ったラジオ放送は、県民は息を止めて聞いたもの。マラソンは長いトンネルが続いたが、東京五輪の前年に岩下察男選手が日本人で初めて五千㍍を十三分台に突入。数年後広島日出國選手が当時の福岡国際マラソンで二位。その数年後に宮崎中央高(鵬翔)を卒業したばかりの佐藤市雄選手が四月の日本選手権で五千㍍を制した。

 

 宗兄弟が入社してチームはさらに明るく強くなり、兄茂選手は五十三年の別府毎日で日本人初の二時間〇九分〇五秒六で十分台を切った。猛選手は二位だったが、三分近くおくれて別府湾のゴールに入った。トラックでも米重修一選手が五千㍍日本新、高卒二年目の大野龍二選手が北京五輪一万㍍を走り、この一、二年では一万㍍に鎧坂哲哉選手と村山康太選手が日本新。二人を相澤晃選手が十秒以上ぬり替え夏の東京五輪出場を決めた。今はないが三大駅伝(朝日・実業団・中国)で昭和五十八年まで十八連覇は陸連史に刻まれている。谷口浩美選手が入社前で、宗兄弟を軸に児玉泰介・佐藤市雄の両選手が活躍した。

1月25日発行旬刊宮崎スポーツ

本県出身選手活躍ならず ニューイヤー駅伝男子

 「陸上王国宮崎」にとって、今年の正月の駅伝は低調で県内の茶の間をわかす場面がなかった。元旦の群馬県での全日本男子実業団は、五連覇が期待されながら、一区から最終区まで首位になることなく、また区間賞選手も出らず三位。大型新人で東京五輪一万㍍出場を決定している相澤晃選手(二三)が欠場だったのも県民はショックだった。

 

 郷土出身が非常に気になるファンばかりで、トヨタ九州・黒崎播磨選手らに数人の選手がいるものの出番なし。東日本代表のホンダで日章学園卒の田口雅也選手(二七)が走ったもののテレビで大きく映る程の走りでなかった。

 

 以前は郷土出身が五、六人はいて声援を送ったものだが、高校、大学までは通用してもその後は一、二年で引退しているのが目立つ。王国にとって不満のひとつか。

 

 名門小林OBで社会人で走っているのは、去年東洋大からトヨタ九州へ入社した今西駿介選手(二三)だけ。箱根大学駅伝で三、四年の時復路の一区山下りを走った。特に去年はぐんぐん下り坂をとばして区間二位ながら同区の歴代二位の記録に輝いている。「トラックよりロードが好き」と大学時代からクロカンを走り海外二カ国にも招待された。高校時代は二、三年生で都大路の三区を走り二年生時は中継。密集地を次々と抜けて十九人をゴボー抜きは記憶に残っている。しかし今季は右足の痛みもあり、九州地区予選では六区を十一位で全日本は自ら辞退することとなった。元旭化成でバルセロナ五輪マラソン銀メダルの森下広一監督の期待も大きい。日本陸連においても、今西選手への期待ははかりしれない。

大分B-リングスに入団決定 川上選手(宮崎医療福祉カレッジ)

 天福球場に拠点を構える宮崎福祉医療カレッジの主砲川上理偉遊撃手が大分に新しくできた独立リーグの大分B―リングスに入団することになり近日中に合流する。大分高から入学して二年。通算打率三割八分の俊足でパンチもある右打者。また強肩で、体格も一七八㌢と均整もとれていて、夏のクラブ大会九州予選でも大分新球場のスタンドに放り込みびっくりさせた。

 

 夢は何といっても上のプロ入りで、「二年努力して必ず夢を」と、張り切っている。今春独立リーグは熊本でも誕生し沖縄とソフトバンクの三軍など四チームで主に戦うが数試合は四国とも試合をする。また大分は日南市と野球協約を提携して天福球場に姿を見せる予定。医療カレッジは年々チーム力が向上し町おこしと日南市民に夢と希望を与えている。

旬刊宮崎は創刊当初より30年以上、庶民の立場から真実を追究。山積する不条理に対し「弱者の代弁者として破邪顕正の剣で立ち向かっていく」旬刊新聞です(発行は毎月5日、15日、25日)。