4月5日発行旬刊宮崎スポーツ

旭化成駅伝が黄金期

 旭化成駅伝が黄金期を走っている。元旦の全日本実業団で四連覇で、六十四回中最多の二十五回目の栄冠だった。采配も申し分なく、先日勇退した西政幸監督(出水中央)の作戦どおり。前半はやや遅れも後半勝負にかけた。二十歳の小野知大(鶴崎工)に鎧坂哲哉(明大)のスピードは区間新で最後はトヨタ自動車に二分二十九秒の大差でテープを切った。

 

 「陸上王国宮崎」を背負った歴史は古い。昭和三十年頃に、広島庫、原西、蓬原、広島日、岩下、稲垣たちはまさに野武士軍団といわれ、各大会を好走した。当時はリッカ―、トヨタ、鐘紡、八幡鉄などが強く県民は常に注目したこと、朝日、実業団、中国の日本三大駅伝で昭和五十八年まで八連覇、平成に入って実業団で二度目の六連覇は駅伝史に刻まれている。その五十五年前後は、宗兄弟を軸に佐藤市、児玉たちが活躍し、平成に入ったころは谷口、森下たちが全盛期だった。ファンにとっては身震いするような名走者たちで、その伝統が輝いている。五輪マラソンでもローマからリオまで述べ十三選手が出場して、二位、四位、八位、特にロス五輪では宗兄弟が仲良く肩くんで、その雄姿を世界に向けた。「ニッポンの宗兄弟」は、「世界の宗兄弟」と呼ばれるようになった。また谷口も東京開催の世界選手権で金メダルで、「世界の谷口」と有名になった。

 

 現役を退いてからも指導者として活躍しているOBは少なくない。駅伝男佐藤市は五年前に南畜女子監督から離れ、トラックのスピード王米重修一は拓大の監督を十年以上勤めた。マラソンの中山竹通を育てた佐藤進は五年程前に他界している。引退後指導者としての活躍も県民として気になる。

3月25日発行旬刊宮崎スポーツ

早稲田一男監督が勇退 日章学園サッカー部監督

 日章学園高校サッカーで三十五年間指導した早稲田一男監督が勇退することになった。永年のサッカー人生は、昭和五十年春日南吾田中から帝京高に進学してから始まった。ボールコントロール、速攻、シュート力のうまさは抜群で即戦力。三年の選手権で主将を務め、全国制覇のFWは本県出身初のプロ入りで、古河電工(現JF千葉)で活躍。

 

 八年のプロ生活を終えて日章学園のピッチにきたのは若さあふれる二十五歳の春だった。「全国大会へ」の野望はなかなか実現せず鵬翔・宮崎工の壁に跳ね返され苦しい歳月が過ぎた。入学した選手は小柄でパワー不足の選手が多く苦しんだ。就任十余年経過して初めて全国選手権へコマを進めたのは四十歳のときで、人目を避けて泣いたもの。

 

 同監督の指導は、選手をよく褒めた。長所を見抜いてそこを乗らせて走らせた。そして「仲間を信じろ」が口癖でチームワークを大切にした指導は次々とチームは勝ち上がり、鵬翔といつのまにか肩を並べるようになり県大会で常にV戦線に残るようになった。高校サッカー界の力量は高く大舞台に出場しても上位進出は惜しいところで阻止され続けた。まして鵬翔が全国優勝したときは、悔しながらも拍手を忘れなかったが、その指導は評価は高く四年前は日本高校選抜監督になって欧州遠征をもした。鵬翔の松崎博美監督に続いて本県から二人目のことで、宮崎サッカーを全国版にした。教え子にJリーグへ黒木、久木野ら六人を輩出、ポルトガルとメキシコの二部に二人送った名将は、全国総体と選手権出場計二十九回。ベスト8が三回で日章学園を黄金時代にした。六十歳。

大分日本文理大に進学 比江島投手(高鍋)

 高鍋の比江島佑斗投手(上新田)が、大分日本文理大へ進学し野球に専念しプロ入りを目指すことになった。一八六㌢、七八㌔の堂々たる体格は、高校三年間で「プロかな」と噂されたものの、未完成のままで卒業した。体格のわりに球速が今いちで一三八㌔が目いっぱいだった。新天地での目標は、最速一五〇㌔を出す、大学選手権出場、プロ野球を目指すこと。

 

 高校時代は周囲の期待通りにいかず、昨年春はベスト4、夏は三回戦で敗れた。しかし五月のMRT招待野球で神奈川県桐蔭戦に五対三で勝って六回まで六安打三点に抑えてゲームをつくった。フォークとスピリットが良く落ちて強力打線と戦った。高鍋は春夏十度甲子園出場で本県高校球界をリードしてきた。プロ入りした先輩投手に清、牧、渡部、橋口、池田、矢野らが「高鍋」の名を売ってきた。しかし甲子園も平成十年春が最後でファンにとっては寂しい歳月が続いている。名門の校名を背負って四年後は郷土に朗報を届けられるか楽しみだ。

3月15日発行旬刊宮崎スポーツ

宮崎医療カレッジに進学 木島泉月投手(高城高・194センチ)

 高城高校野球の木島泉月投手が、日南市の専門学校宮崎医療カレッジ(二年制)に入学し野球を専念することになった。同投手は都城西中時代から大型選手で注目され、今は一九四㌢、八三㌔の堂々たる体格。高校入学時に一七九㌢だったのが、三年間で十五㌢伸びた。これまで本県高校野球は一八七・八㌢の選手は数人いた。十四年前にソフトバンクに入った大田原隆太投手(都城工)が入団時に一九〇㌢で人気者になったもの。今さら一九〇㌢はプロなどめずらしくないが、木島投手はまだ伸びそうな勢い。横綱白鵬が一九一㌢、渡米している大谷投手が一九三㌢、ダルビッシュ投手が一九五㌢で、木島投手の身長は魅力満々だ。

 

 両親とも一七〇㌢台だが、母八重子さん(四二)は一七三㌢で、バレーで活躍。特に日南学園でレフトエースで延岡学園、宮崎日大と互角に戦った。全国大会出場はないが、九州大会には五度程コマを進めた原動力。また全宮崎代表になって、秋季国体に出場しバレーファンには記憶に残っている。八重子さんの運動能力ももらってか、木島君は馬力も十分。機敏さも、走力も五十㍍を六秒で走るなどすべてが整っている。しかし身体が成長過程で肩や腰の故障も多く、去年夏もベンチを温めたが、その二ヵ月前、福岡遠征で佐賀北高と対戦し、一四〇㌔の直球を何度か放った。下半身の使い方や腕の振りなどまだ未完成ではあるが、将来は必ずプロへ行く素材であることに間違いない。

3月5日発行旬刊宮崎スポーツ

高校野球界の策士 大宮高校野球部の大富監督

 「残り一年になりました」と、不敵な笑いで眼鏡の奥を光らせるのは、高校野球界で人気者の大宮の大富省三監督(早大)。中学時代に長男兄が高鍋の捕手として甲子園に出場。スタンドから応援したときから「僕も甲子園へ」と強くあこがれた。しかし選手としての甲子園は実現せず監督として、平成十年春に高鍋を。十六年夏は佐土原を率いて甲子園で指揮をとった。

 

 計三勝で、二校にかけての甲子園は、当時三人目の快挙だった。甲子園で二勝している大宮のベンチに入って六年、早くも定年が一年後だ。監督には「名将」、「闘将」など色々あるが、大富監督は「策士」。状況見て作戦も変える。その采配は「智将」がピッタリで、宮崎北時代に創立六年目にして夏の大会で初勝利した。初戦前年八強の小林に四対二で勝ったときの感激は、当時の父兄と握手の連続だった。どんな試合も守りを重点し、理にかなった奇策も多かった。相手校が決まったら夜を通して作戦を練って、選手たちの特徴も深く研究してきた。勝っても負けても全力プレーの選手たちを必ず賞賛し、次への向上心も忘れず指示したもの。教え子には高鍋センバツ八強の矢野修平投手と翌年には大型遊撃手甲斐雅人選手を直接広島へ。佐土原で甲子園完投勝利の金丸将成投手を大学社会人から広島へ。春の県大会を前に智将は闘志を見せている。

今後の盛り上がりに期待 本県の高校女子サッカー

 本県の高校女子サッカー界の歴史は浅い。誕生して八年目で、出場校も五校から七校で、レベルも他県に比べていまいち。県内の中学にサッカー部がないこともあり、この数年こそ校外のクラブで経験した選手がわずかにいるだけで、入学して初めてピッチに入る選手が大半。高校で一番目に手を挙げたのは宮崎日大で、次に聖ドミニコ、日南学園。やはり宮崎日大は強く県一を続けている。しかし全国大会は二度あっても九州大会で四強に入らないと大舞台の出場はなく、未だ本県代表は全国大会へ進んでいない。福岡、鹿児島、熊本の各県は全国大会でも上位に行っているが、そこには本県中学出身選手も少ない状況だ。

 

 「本県から初出場したい」と全国大会を目指しているのは、妻高校。十一人が必要なのに九人が毎日唇をかんで練習している。正直県内で三、四番の位置だが中学時代の経験者四人。主将で中堅でゲームをつくるのが、甲斐瑞穂(児湯FC)。自信を持って他選手に大声で指示をする。鉄壁の守りを見せるのがDF小川月子(妻)。「前へ前へ」と、その気持ちは高く信望も厚い。一年の中武恵莉奈(妻)は中学時代男子選手に負けない気力でスピードとパワーは申し分ない。

 全体的に速攻も必要だが、この冬徐々にチーム力はアップしてきた。時に男子選手の中に入って学ぶこともあるが、「県一になって九州予選に出場するのは「県一になって九州予選に出場するのはまだまだ」と苦笑いするのは五六和昭監督(福岡大)。

2月25日発行旬刊宮崎スポーツ

全国の舞台で活躍 日大女子駅伝部出身選手

 宮崎日大女子駅伝部出身選手が、全国の大舞台で活躍している。加藤岬選手(九電工)が、一時故障していたが、前月の実業団ハーフマラソンで十五位に入り復活した。高校時代は県駅伝でダントツの一位で九州大会でもトップで一区を制した。新潟国体で五千㍍を十五分五十秒で走り、県高校新は今も残っている。先月の全国都道府県女子駅伝でも好走して県民に元気な姿を見せた二七歳は、ベテランの貫録もあってファンを喜ばせた。

 

 卒業一年目では、田崎優理選手が都道府県女子の二区四・一㌔を一位。本県代表を強烈に印象づけた。所属するヤマダ電機で将来のエース候補になっている。

 

 同期の野﨑光選手は大阪学院大で若きエース。十二月の関西大学女子で五区の八㌔を二位で走った。また日南市で開催された県女子で、都城代表で一区を堂々の一位通過。師走の郷土ファンを魅了した。

 

 二人は高校時代から良きライバルでいつも励まし合って走った。春からトラックの大会も次々と控えているが、長年走る選手もすくなくなってはいる。鹿児島銀行でも一人が夢を抱いて走っている。期待されていた小林高出身はダイハツで下田平渚が健闘している。十二月の女子駅伝で四区を走りチームの入賞に貢献しテレビの県民を喜ばせた。

立命館の吉ノ薗栞選手は、都道府県駅伝で本県代表でその存在感を示している。二人は満二年を終えて、駅伝王国宮崎の名を背負って活躍が待たれる。

 

 寂しい話題もある。創部八年で九州予選を抜けきれなかった宮崎銀行の西村功監督が退任。伊万里学園から旭化成入りした名走者にかかる期待は大きかったが、関係者は五年区切りを良く頑張ったと称賛している。

明治大への進学決定 都城工バレーの黒木選手

 昨年、夏の全国総体で都城盆地をわかせた都城工バレーで、レフトエースで人気者だった黒木奨輝選手が明治大へ進学。一八九㌢と最高到着点三三〇㌢は超高校級で九州でも早くから屈指のスパイカーだった。高原中時代から県中学選抜選手として、また名門都城工を支えた。特に昨年茨城国体で準決進出に貢献した。

 

 しかしムラッ気のある弱点もあり好調なプレーを持続することが重要。同校から初の明治大とあって、多くのOBや市町が注目している。

 

 セッター中村陽選手(久峰)は駒沢大、レシーブも抜群でトスはボールがぶれず、スパイカーに巧く上げていた。名門の六十年史に残る名セッターは、黒木選手とともに、一年間も磨いたら正選手の道は開けそう。同校に入って成長した吉川翔之亮選手(姫城)は、一八五㌢を生かして岐阜県の朝日大へ。OBで中忠選手だった父を追いつき追い越したのは厳しい猛練習の結果で、朝日大でも早めにコートに入れそう。

2月15日発行旬刊宮崎スポーツ

富島高野球、練習に日々熱気

 県内は球春到来で、プロ野球五球団のキャンプで花盛り。高校野球も「負けじ」と、来る春の大会へ向かって各高校とも第四クールで投げ込み、打ち込みで、暖かい日は紅白戦も行っている。

 

 日向市の市街地にある富島高も日々熱気がグランドに漂っている。昨年夏も甲子園へ初出場して、秋も県を制して九州大会。「センバツ」の夢は初戦消えた悔しさを、このオフに精一杯ナインはやってきた。中でもチームをけん引しているのは、富井大輝投手(西郷)と坂本龍太郎捕手(財光寺)の投捕。富井は一七〇㌢の右投げの技巧派で特徴は制球力。軽いフォームからの本格派はスライダーしか変化球はない。コースの出し入れは抜群で大崩れすることがない。ベンチからも信頼はあつく、夏の甲子園も経験した。

 

 今季はその制球をさらに磨いて、オフを率先してトレーニングに励んだ。坂本は一八三㌢、八〇㌔の大型で、富井と三、四番をくんで打点を増やす。去年は打ち方も粗かったが、三割以上の打率は残し、九州大会では、広い佐賀県営球場で場外本塁打した。一四〇㍍以上の飛距離はスタンドも静まり返ったもので、今年は逆方向へも長距離砲で、さらなる打撃向上を目指す。富島は通算三度目の甲子園へいよいよ夢が広がってきた。

ファンも注目 山本由伸投手

 キャンプで注目されているのは東京五輪代表のエース候補になっている山本由伸投手(二一)。三年目の昨シーズンは、オリックスの先発投手で好投し、一・九五でパの防御率一位投手になった。一七七㌢の右腕は一五五㌔鋭いスライダーで、日本代表の稲葉監督に熱い言葉をかけられていた。同投手は岡山県の硬式野球から都城高に入学し、二年生から直球に威力を増したが、最後の夏は準々で涙。四位指名は平凡に見えたものの、プロのトレに入って一年目から一軍で投げて、関西のファンを魅了した。低迷しているオリックスではあるが、キャンプ地では県内のファンが追いかけるなど実力も人気も申し分ない。チームの浮上はもちろん、山本投手は東京五輪でも注目されそうで、代表幹部や県民にとって目が離せないキャンプだ。

2月5日発行旬刊宮崎スポーツ

名門の地力を証明 小林西野球部

 小林西は昨年夏までの県内三公式戦で三季連続決勝進出。優勝一。九州大会二度コマを進め、甲子園は逸したものの名門の地力を証明した。その原動力はリーダーシップをとって攻守に活躍した浦林祐佑主将(大阪)。遊撃手の深い位置からの強肩と打撃、俊足と申し分なく、左打者で内野安打も多かった。一七八㌢と体格もあり、亜大へ進学。周囲はレベルは高く乗りこえたらプロも見える。

 

 鶴田幸多郎投手(谷山)、高橋汰空捕手(天保山)の投捕も脅威だった。鶴田は一七八㌢の右投手でキレのある直球と安定した制球力が持ち味で、一四〇㌔余りの投球も多かった。筋肉などはまだ高校生で食事やトレーニングで体力をつければ将来楽しみ。数校の大学から誘われたが、大分の日本文理大で神宮大会を目標に野球を志す。

 

 高橋は二年間主砲で打ちまくり、公式戦四本塁打を放っている。意外に変化球に弱く直球なら芯に当てて遠くへ飛ばした。入学時は百㌔近い体重だったが、今は八〇㌔台にしまって日本文理大で鶴田のボールを受け続ける。

 

 甲子園で八強入りしたのは二十六年前で、西諸地区では忘れかけている歳月が去った。地元に中学生選手が少なく、ファンにとって不満もないわけではない。しかし少子化にあって私立校の対応も大変ではあるが、今季も活躍することを祈る市民も多い。

サントリー入社決定 都城東バレーのアライン選手

 都城東高バレーのアライン選手が、Vリーグのサントリーに入社してバレーをさらに志すことになった。キューバから来日して三年、バレーのまち都城に大きな夢を贈った。地元全校総体と九州大会二度と同校の躍進に貢献したS・エースは、まだ正式ではないが日本に残ることは決定的で、日本バレー界は大変な喜びようだ。

 

 一八九㌢とスパイカーとして決して高くないが、跳ぶ高さ、力強いアタック、スタミナは三、四拍子揃い、 「九州一」と言われてきた。また学校生活や寮生活も非常に実直で日本食にもなれて日本語もうまくなってきた。

 

 サントリーは以前からプレミアリーグ五連覇など優秀なチーム。本県出身で津曲勝利選手(都城工)がリベロで超美技して今はコーチとしてチームと日本代表に入っている。ライバルは去年優勝のパナソニックやNECがいるが、来月開幕のVリーグは優勝候補に上がっている。チーム内には二㍍近い外国人選手もいるが、一九五㌢前後の選手がいっぱい。しかしアライン選手は攻守ともに本場仕込みで関係者は即戦力と評価は高く、今後が非常に楽しみだ。

1月25日発行旬刊宮崎スポーツ

県内で連勝&1年間無失点! 日章学園サッカー

 日章学園サッカーは、本年度も県内で連勝が続いた。今年の県新人戦も制覇すれば三年間負けなし。またこの一年は無失点で黄金時代と言える。九州プリンスリーグでは、十チーム中四位で前半の三位から落ちたものの十八試合充実なゲームだった。

 

 ところが全国大舞台となればなかなか勝ち上がることなく、やや不本意な成績。夏の沖縄全国総体は、初戦で引き分けPK戦で涙。三年連続十五回目出場の年末の優勝候補の市船橋(千葉)と初戦で県内のテレビをわかせた。攻守に全くひけをとらず互角以上にゲームを進めたが、途中黄カード二度ももらった選手が退場し、またも引き分け。しかしPK戦で勝って殊勲賞。二戦目も強豪四日市中央工(三重)に堂々と対戦。PK戦で最後の一蹴りで敗れた。チャンスはつくったものの決定力が乏しく歯がゆい敗戦。

 

 三年生の進路は非常に明るい。二年連続Jリーグ入りはないものの、選手宣誓して優秀選手に選ばれた阿部稜汰主将は明治大へいく。DFの名手でレベルの高い東京での試練に向かう。鈴木陽介、中別府柊太、後藤翔の三選手は宮崎産経大。FWで中軸の鈴木は一年後は正選手が期待される。濱松凛は大阪体大で大学選手権出場を目指す。この五人は附属中時代の三年前は全国中学校大会に進められず苦い想いもあるが、周囲では「将来はJリーグへ」と、未完の選手に拍手を送っている。早稲田一男監督(六〇)も、「宮崎サッカーの根性を見せつけろ」と、次のピッチを巣立つ選手にゲキを飛ばしている。

県内少年野球話題の頂点 ソフトバンクJの田上選手

 年末三日間札幌ドームで開催された、プロ野球ジュニア大会は、ヤクルトが優勝し、楽天が準優勝して閉幕した。十七回目を迎えた今大会でソフトバンクの田上賢芯捕手が三股ブルースカイ出身とあって県内のホークスファンから注目されていた。一六二㌢、六八㌔で強肩、強打の選手で、十一月の王貞治杯で優勝した頃からホームランを連打して、選抜されてからも紅白戦や練習試合でも百㍍近い打球(軟球)を飛ばし、「九州の大砲」と呼ばれ、他球団からも「要注意」と警戒された。

 

 予選リーグで中日と対戦し一対五、次もロッテ戦に〇対五と涙をのんで決勝トーナメント進出には及ばなかった。二試合で六打席四打数二安打。四球二個と、さすがに全国的な選手からの長打はなくいづれも中前にはじき返した。

 

 残念だったのは中日戦の七回に八十㍍フェンスに届く打球を左翼へ放った相手の左翼手が始めから後に守っていて、すぐラッキーゾーンに走り好捕。ネット裏に陣とったプロ関係者を驚かせた。打者強打なら、ジャンプしてとった左翼手も見事なシーンだった。

 

 田上選手にとって小学時代この上ない大舞台へ出場したことで大きな自信となったと言える。春からいよいよ中学へ進学だが、三股中の軟式か、それとも校外の硬式のクラブチームか関係者の争奪戦は必至の状況。県内少年野球から大会ごとに話題の頂点になっていた。田上選手の今後の野球人生が楽しみだ。

1月15日発行旬刊宮崎スポーツ

公立校の活躍にも注目! 高校サッカー新人大会

 高校サッカー県新人大会は、二十二日から五日間男子が四十校、女子が五校出場して行われる。会場は天然芝会場は季節的に避けて宮崎市内と綾町の計五ヶ所の人工芝会場を使用する、男子は上位二校が二月十四日から福岡開催の九州新人大会へ出場。シードは去年の新人、総体、一年大会、選手権大会の合計の成績順で、日章学園、宮崎日大、鵬翔、日南学園の順で私立校が強烈になっている。

 

 新人戦といえば新しいチームで横一線の出発でもあるが、進学校は前年五月の総体で三年生は進学準備のため勇退し、一、二年生がその後はチームづくりに入っている。十月の選手権大会も一、二年生で臨み学校によってはかなり強くなっている。全国大会はもちろん、九州大会でも行ければと考えているのはどこの監督も同じだが、半年以上もチームをつくっている進学校にとっては、今大会こそ上位進出のチャンスだ。

 

 四強シードと当たる決勝が大事だが、数年に一度でも進学校の強さを見たいもの。県北の進学校では県リーグ二部で健闘している日向。中学校時代校外のクラブでプレーした選手もいてMF坂本翔馬(富島)が主将としてけん引者。宮崎市内の四校も冬休みに地力をつけ、大宮に宮崎南は上位校候補。妻も油断ならないが、ディフェンスに速さをつけたいところ。冬休みは大分遠征で自信もつけている。泉ヶ丘もこれまで惜しい負けが続き、二部の上位に食い下がっての活躍。GK桂木響太郎(セレソン)は高さもあり、安定してきた。MF横山歩(同)も鍵を握っている。

 

 都城西は意外性のあるチーム。波に乗ったら、こわい。DF中村剣大主将(高城)がリードオフマン。状況判断がよく、MF西山竣(祝吉)は小柄ながら中盤でボールさばきが得意。一年生でDF関谷拓美(五十市)はどこでも守れる器用さは頼りになる。進学校全体の成績が気になる大会である。

今後の活躍に期待 駅伝の今西・山村両選手

 駅伝の盛んな西諸地区で、実力と人気者だった今西駿介・山村凱斗の両選手の第二の人生が始まることになった。二人は高原小からの幼な友だちで、今西は走ることにかけ、山村は野球から始まったが、中学時代長距離が速くよく駅伝部にかつぎだされた。その後、二人は小林高駅伝部に入り、他の名走者と走り続けた。今西は一年から正選手で三年連続都大路を走った。二年生のとき三区を任され二十二人を抜いて日本選手区間一位は記憶に残っている。

 山村も二度走りチームの入賞に貢献した。その後、今西は東洋大へ、山村は山梨学院大へと夢をもって進学。「西諸の星」は夢と希望をもって全国級の選手と走り続けた。しかし大学のトラックは厳しく今西は二年生で正選手に入ったが、箱根駅伝六区で苦戦。でも粘りと根性で三、四年生時も六区で区間二位。今年は区間新で走った。そして春からトヨタ九州に入社して実業団のエースを目指すことが決定した。

 

 山村は冷たいトラックが続きなかなか正選手の道は険しい歳月だった。歯を食いしばった練習も一万㍍も二十九分を切ることもなく、公式戦での出番はなくこの一年はマネージャーで卒業することになり、東京の一般企業に就職する。二人の友情はあつく、常に情報交換して会ったりしていたが、社会人として第二の人生で走ることになった。

旬刊宮崎は創刊当初より30年以上、庶民の立場から真実を追究。山積する不条理に対し「弱者の代弁者として破邪顕正の剣で立ち向かっていく」旬刊新聞です(発行は毎月5日、15日、25日)。